女神からの妙技

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女神からの妙技

 敏子は腰を落とし、一つずつ拾い始めた。その様子を遠巻きに見守る他のお客たち。床に散らばったお菓子の箱を避けるが、拾うことはない。見守るならまだしも、罵声や中傷を吐き捨てていく者もいた。敏子は、「すみません、すぐ片付けますから、どうか跨いでいって下さい」とか、「ご迷惑おかけして、ごめんなさいね」など愛敬を振りまきながら一人で拾い集めた。  なるべく顔を上げずに床を見るようにしていた敏子の視界の中に、細く白い腕がすっと入ってきた。きめ細かな肌質に少しばかりもちっとした肉質。その腕は手際良くお菓子の箱を拾い上げていく。 「大丈夫ですか? 一人で辛かったですね。私が手伝いますからもう大丈夫ですよ」  敏子は驚き、顔を上げた。色白で整った顔は少しクールだが、優しそうな目をしている若い娘だった。スタイルが良く清楚な身なりが、金持ちのお嬢様といった雰囲気だ。その娘は、長く艶のある黒髪を耳にかけ「あと少しですから、頑張りましょう」と言って、優しく微笑んだ。 「まあ、なんてお優しいかたでございましょ。ありがとう。おばちゃん、嬉しくて泣きそう」 「ふふ、いやですわおばさま。私は、大したことをしていませんよ」 「はあぁ、出来たお嬢さんで。うちに嫁いで欲しいくらいだわ」  そこへ勇斗(はやと)が戻ってきた。母と、知らない女性がお菓子の箱を拾っている様子を見てすぐに悟った。 「母さん、また人に迷惑かけてるな。ちょっと目を離すと、すぐこれなんだから」 「勇斗ちゃん、母のピンチに現れるのが遅い! このお嬢さんが助けてくれたのよ」  勇斗は女性を一瞥すると、今度は、二人が集め山となっているお菓子の箱を確認した。 「元々、ピラミッドのように積んであったのかな? この数ならすぐ戻せるな」  そう言うや否や、勇斗は箱を規則正しく並べ、積み上げ始めた。その手先の器用さは尋常ではなかった。早送りで見ているのかと錯覚するほど、あっという間に元のピラミッドが出来上がった。 「「おー」」  他人事のように横目で見ていた他の客からも、小さく歓声の声が上がった。
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