詩:4-1

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詩:4-1

秋の夜、浴槽に古いパソコンを沈めた。ディスプレイとタワーが行儀良く並んで水の底。通気口の隙間からぷくぷくと泡が漏れていた。 水中なのに、電源もないのに、液晶は灯り続けていた。浴室の電気をつけていないから、その淡い光だけが頼りだった。 画面の中央に映し出された心臓が蠢いている。とく、とく、とく。鼓動のリズムで水面が微かに揺らいでいる。 「あの心臓は誰のもの?」 有線式のマウスが言った。コードの先は私の右腕の血管。水没するパソコンに見切りをつけて、私に鞍替えした付属品。 「随分と弱々しい動きだけど、大丈夫かな」 そう。画面上の肉塊は辛うじて生きている状態。何せ生まれたばかりで心臓しかないのだから、誰かが守ってあげないと、生きるということを教えてあげないといけない。 その為に、画面の中から掬い上げて、私の心臓と交換したいのだけれど。 「でもそれは君にはできない」 そう、私にはできない。 「血液の流れを通じて心を読まないで。無神経な鼠さん」 「それは失礼した」 そう言ってのけるが、彼は悪びれていないと知っている。繋がる相手の心のうちがわかるのは私だって同じだ。 私たちが見ている間にも、心臓の鼓動はますます緩慢になる。そうなるのを見たくないから、壊す為に浴槽に沈めたのに。助けられないから、せめてさっぱりと終わらせたかったのに。 浴室に持ち込んだ椅子に座って、ただ様子を見ているだけ。 一分、五分、十分と少し。 「止まったね」 マウスがそう言うまでもなく、心臓は止まっていた。水面は凪いでいる。泡も上がらなくなった。 私はそっと手を合わせる。これは祈り? 贖罪? それとも、ごちそうさまかもしれない。 悲しいとも、寂しいとも言えない感情で、私の瞳は乾いている。 私はパソコンを引き上げて、風呂蓋の上に置く。腕から伸びたマウスのコードを引き抜いた。 「残念。君のこと、割と気に入っていたのに」 コードで繋がっていない今、その言葉が本心からかわからなかったが、どうでもいい。 引き抜いた部分から血液がぽつぽつとこぼれ落ちる。パソコンの上にも数滴落ちるが、すぐに水滴と混ざってわからなくなる。 USBポートにケーブルを差し込み、マウスと連動して動き始めたカーソル。画面内のそれを止まった心臓に合わせて、左クリック。もう反応はないけれど、触れた箇所が微かに揺れる。クリック、クリック。 これの繰り返しで動き出したら滑稽だ。ディスプレイ越しの心臓マッサージなんて、きっと珍しい。 でもこの行動にきっと意味なんてなくて。だから私は本来したかった作業に戻る。今度は右クリック。そして、開いた選択肢の中から心臓の圧縮処理を選ぶ。 .zipで折り畳んで、小さくして。それからメールに添付。送り先は過去軸にいる、幾人かの私。 「結局、この心臓は誰のものだったの?」 先程と同じ質問を繰り返すマウス。送信ボタンを押してから、私は答える。 「人魚の心臓。中古品だけどね」
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