26人が本棚に入れています
本棚に追加
「去年、少しだけ入って辞めたスタッフがいたんだけど、その人が犯人だった」
「あぁ、連休中に辞めたんだっけ」
佐々さんが「この忙しい時に!」って吠えてたから覚えてる、と彼は笑う。
僕は彼と、彼の向かいにドリップコーヒーを置いた。席に着く。
「うん。色んな仕事が長続きしない人でね。うちに来た時偶然暗証番号を盗み見て、合鍵も作ってたらしい。昔の職場に間を空けて盗みに入るのを繰り返していたらしいよ」
「ふうん」
本当に、今いるスタッフが犯人でなくてよかったけど。
顔を知っている人が捕まったので僕はここのところ落ち込んでいた。
それから長谷川君に全部話した。
SNSのくだりでは笑われた。
「マスター、そんなんだから『もじゃもじゃおとぼけマスター』って言われるんだよ。犯人の肩をもつことないだろ。
まったくお人好しなんだから」
「でもねぇ。あれこれ考えると、心がきゅうってなってしまって……いやいい歳したおっさんが何言ってんだって話だけど」
「いや……わかるよ」
彼はミルクと砂糖を入れて混ぜる。見た目に反して甘党なのだ、この探偵は。
「俺もさぁ、思うもん。結婚相手の事前調査とかさ、浮気調査とか、良くない結果がわかった時にさ」
探偵はコーヒーを一口飲む。
「『あー、このまま言わないでおけたらいいのにな』なんて。
ま、結果的に言うんだけど。それが依頼人の望みだし、仕事だしさ」
「……うん」
「マスターはきっと、金より人が好きなんだよ。俺の仕事はギスギスしてるからな。スピードも求められる。
でもマスターみたいにのんびり暮らしている人を見るとなんだか安心するんだよ。こういう人が世の中いてもいいんだよな、って」
この店に来る人は皆そうなんじゃないかな、と長谷川君は言い残して帰っていった。
最初のコメントを投稿しよう!