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コンクリート詰め
匿名で通報があったのは、田所が出勤した直後だった。
通報者の隣の家の奥さんが、しばらくまえから姿を消しているという。
そして、その庭にはコンクリートの原料の袋が山と積まれているという。
田所は内偵に入った。
家の主は恩田。中小企業の経営者だ。たしかに、彼の妻は消息を絶っていた。
近所の人の話によると、彼の家の塀のまえにはドラム缶があったが、いつしかそれがなくなっているとのこと。
(臭い。あきらかに犯罪の匂いがするーー)
さらに田所が調べを進めていくと、二週間ほどまえ、恩田が小さな漁船をチャーターして東京湾に繰り出していた事実も判明した。
奥さんとトラブルを起こし、殺害。コンクリート詰めにして東京湾に運び、沈めたーー。
状況証拠は明らかにクロ。
恩田に任意出頭を求めた田所は、厳しい表情で取調べに臨んだ。
「私が女房を殺した?冗談じゃない」
恩田は叫んだ。
「しらを切るなよ。コンクリート、ドラム缶、東京湾、すべてが物語っているんだ」
「ばかばかしい」
恩田はつぶやいた。
「では、筋の通った理屈を聞かせてもらおうか」
そう田所が求めると、恩田は黙った。
(やはり。こいつは立派な殺人者だーー)
しばらく経った。
おずおず、恩田が切り出した。
「ひと月ほどまえ、塀のまえに、どこかの馬鹿がドラム缶を放置していったんだ」悔しそうな表情。「目障りったらありゃしない。頭にきた私は、コンクリートを買い、ドラム缶に詰めて、船をチャーターして、東京湾に運んだ。そして沈めてやった」
「なに?」
「忌々しいくそドラム缶め。費用と手間をかけさせやがって。警察での取り調べまでおまけについてきやがった。あんなドラム缶一つのおかげで、とんでもない災厄に見舞われたってもんさ」
「なんだと」田所は焦った。「コンクリートでわざわざ沈めたのは、ドラム缶のみ。ば、馬鹿な。なんでそんなことを。すると、奥さんはーー」
田所は吐き捨てるように言った。
「ドラム缶を東京湾に沈めてやる、と怒りにまかせてコンクリートを大量に買ったら荷物をまとめて実家に帰っちまったーーもともと仲が悪かったからな。『あんたみたいなアホにはついていけない』ーーそれだけだよ」
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