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運命の井戸の底【レミ】
王宮に強制連行されてから、あっという間に三ヶ月が経った。
あのバカップルに押しつけられたこの国は、神聖ウェヌス王国と言います――ウェヌスって言うのは、美の女神ヴィーナスのラテン語読み。
つまり俺ら王族の祖先は、ヴィーナスにまで遡る、らしい。さすがにそんなの作り話だろ、って感じだけど。
ユリウスには軍神マルスの血も混じっているらしく、そのせいで俺たちとはちょっと毛色が違う。いや、それも嘘かほんとかわからないけど。
王宮生活なんて、窮屈で退屈ですぐに山に戻りたくなるだろうと思ってた。でも思ってたより新鮮で刺激が多くて面白い。そりゃ家族や学校の友達に会えないのは少し寂しいけど、王宮には王宮の人間がわんさかいるし、剣術の稽古場に行けば同じくらいの年頃の練習生がいっぱいいる。
ルイは女神みたいにきれいで優しいし、ユリウスは口が悪いけど案外面倒見がいい。爺ちゃんは本当の孫みたいに可愛がってくれる。
いままで学校で学べなかったような、王家の歴史や国家の統治、法律や経済や最先端の技術、諸外国との関係を勉強するのも意外と面白い。宮廷舞踊のレッスンだけはやっぱり嫌いだけど。
地方のようすを知るために、十日をかけて国内を巡ることになった。王都を馬車で出発して、時計回りにぐるっと地方を周っていく。
旅行なんていままでしたことがなかったから、どこに行ってもワクワクした。地方ごとに家の建て方が変わったり、喋り方がちょっと違ったりするのが面白い。その土地特産の旨いものも腹いっぱい食べた。
国内巡りの八日目、西の国境近くの町を訪れた。
そこは砂漠地帯の入り口だった。背中にこぶのあるラクダという動物に乗せてもらったり、砂漠の遊牧民と歌と踊りを楽しんだりした。
酒に顔を赤らめた遊牧民の首長が俺にこんな話をした。
――ここから西にちょっと行った砂漠の真ん中に、古い枯れ井戸がありましてね、伝説が残っているんですよ。真夜中にひとりでそこを覗き込むと、運命の人の顔が浮かぶってね。見えるんですよ、暗い井戸の底に、ぼんやりとね。それで夫婦になったという男女もいるって話でね。
お爺さんも覗いたことがあるんですか、と尋ねると、長い髭を揺らして笑った。
――ちょうどあなたぐらいの歳のときにね。たしかに少し、妻の顔に似ていたかもしれないなぁ。
皆が酔っ払って寝静まったあと、そっとテントを抜け出した。
運命の人、なんてそんな伝説を信じたわけじゃない。でも好奇心が抑えられなくて、どんなもんだかこの目で確かめてやろうと思った。
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