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真っ暗な砂漠に覆い被さるように満天の星が輝いていて、あたりはぼんやり明るかった。振り返ればテントの周りには松明が焚いてある。
あの灯りを頼りに戻れば迷子にはならない。大丈夫だ。
西の方角を目指してまっすぐ歩いていく。耳が痛くなるほど静かで、砂を踏みしめる自分の足音しかしない。
どのくらい歩いただろうか。振り向くと松明の灯りが星のように小さくなっていた。
突然心細さが押し寄せる。
――やっぱり帰ろうかな。もし松明が消えちゃったら、戻れなくなるかもしれないし。
進もうか、戻ろうか、立ち止まったまま考えた。だけどそのとき、ついに見つけてしまったのだ。見渡した闇の先に佇む、黒々とした塊。
「――あった!」
思わず声を上げ、それに駆け寄る。話に聞いた通りの、石積みの古い井戸だ。その縁に手をかけ、底を覗き込もうとした――その瞬間だった。
静寂の中に、かすかな獣の唸り声を聞いた。振り返り、周囲を見渡す。
一匹どころの話じゃない。囲まれてる。山では見たことがない、砂漠の獣――
大急ぎで自分の身体をまさぐる。ダメだ、ナイフも何も持ってない。戦えない。
テントまで走って逃げる? 大声を出して助けを呼ぶ?
無理だ、この距離じゃ叫んでも届くはずがない。
混乱しているあいだにも唸り声が周りを囲む。
どうしよう、ひとりで出てくるんじゃなかった! 喰い殺される!
「うわあああーーー!! あっちに行けよーーー!! バカーーー!!」
威嚇にでもなればいいと思って、渾身の力で叫んだ。
直後、真っ黒な影が目の前に飛び込んでくる。避けようとして蹴躓き、井戸の中に転げ落ちた。
真っ暗な井戸の底、打ちつけた背中が痛い。骨は折れていないと思うけど、落ちるときに擦りむいたらしく、腕と脚がじんじん痛んだ。
どうしよう。獣に囲まれて、井戸の底に落ちて、このまま誰にも見つけられなかったら死んじゃう――!
助けを求めるように、遥か上方の丸い夜空に叫んだ。
「いやだあああ!!! 誰か助けてえええええ!!!」
そのとき。
キャン、と甲高い鳴き声が地面の上で響いた。
吠える声、ギャっと絶命する悲鳴、何かが慌ただしく動く音――誰かが獣の群れと戦っている。
しばらくすると、ふたたび静寂が訪れた。
息を呑んで見上げていると、丸い夜空の中に真っ黒な影が現れた。
「おおい、生きてるか」
人だ。助けてくれたんだ。
「生きてる! 助けて! お願い!」
すると井戸の上からしゅるしゅると太い縄が落ちた。
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