呼ばれる名前、呼ばれない名前

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 無事儀礼が終わり、壇上の端の座席に着いたそのとき、視界の隅にすっと、背の高い黒い影が動いた。  詰め寄せた群衆のあいだを風のようにすり抜け、あっという間に視界から消える。 「……あっ」  思わず席から立ち上がった。会場を見渡しても、もうどこにも見えない。  壇上から群衆の中に飛び降りる。レミ様!と俺を引き止める世話役の声が背後に聞こえた。  無我夢中で人混みをかきわけ、あの黒い影を探した。  どこ?  どこに行ったの?  まさか俺に、会いに来てくれた?  いますぐ大声で名前を叫びたかった。なのに、あの人の名前がわからない。 「うわあああん!!」  焦りと悔しさと失望で、心の中がぐちゃぐちゃだった。抑えられず、人混みの中、大声を上げて泣いた。慌てて追いかけてきた俺の世話役が、泣きじゃくる俺の身体を抱え上げ、急いで王宮の方へ連れていく。  どうして会いに来てくれないの?  会いに来てって言ったのに。  ずっと待ってるからって、約束したのに。 「レミ様、どうされました? ご実家が恋しくなりましたか?」  首にしがみつく俺の背中を、世話役の男が優しく撫でる。  しゃくりあげながら首を横に振った。 (――違う、あれは約束なんかじゃなかった。俺の、一方的なお願い)  あの人はもう、忘れてしまったのかもしれない。  あの夜、井戸の底を覗いたことなんて、きっとたいしたことじゃなかったんだ。
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