ジェイド18歳(レミ13歳)

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 砂漠の中でレミ様をひとりにしたのは、人生最大の失敗だった。  国内巡りの旅で立ち寄った、西の辺境、砂漠地帯への入り口。なぜか遊牧民の首長に気に入られ、飲めない酒を大量に飲まされてしまった。  まさかレミ様が、たったひとりで真夜中の砂漠に出ていくとは思わなかった。  翌朝、レミ様が全身傷だらけになっていることに気づき、テントの中は大騒ぎになった。何があったのかと尋ねると、夜中に探検に出かけたら派手に転んでしまったのだと決まり悪そうに説明する。  だが、後でふたりきりになったとき、レミ様は私だけに真実を打ち明けた。  砂漠の獣に囲まれ、誤って井戸に落ち、旅人風の見知らぬ男に助けられたのだと。その男を語るあどけないブルーの瞳が、どこか熱っぽい色を帯びていることに気づき、愕然とした。  ――全身黒ずくめで、目だけがエメラルドみたいなんだ。ジェイドよりもっと年上かも。俺のこと、運命の女だと思ったんだって。おかしいだろ。王子だって言ってるのに全然信じなくてさ。すっごく強くて、優しくて、ちょっとかっこいいなって思っちゃった。お礼をするから王宮に会いに来てって言ったんだ。本当に来てくれるかな? ねえ、どう思う、ジェイド。  俺の、運命の人なんだって。  はにかみながらそう語るすがたを見て、いままで感じたことのないどす黒い気持ちが胸の中に渦巻いた。  嫉妬か、憎悪か。身勝手な独占欲かもしれない。  もしレミ様が、同じ年頃の娘を好きになったのだと打ち明けていたならば、きっと微笑ましく応援しただろう。  だが、男だ。おそらく自分より年上の――  やり場のない気持ちが、嵐のように胸をかき乱した。  幼いとばかり思っていた主君が、初めて向けた熱っぽい眼差し。それもたったいちど出会っただけの、得体も知れぬ男に。  よりによって、なぜ男なんだ。私の方が先に、この方のそばにいたのに。  王宮に戻り、緑目の男の正体を探った。王宮図書館に勤める歴史学者の老人に尋ねると、ある事実が明らかになった。  百年ほど前、当時のルイ・ル・グランが征服した北方の戦闘部族。その部族の者は代々鮮やかな緑の瞳をしていたと。  ル・グランの遠征により、その部族の血は完全に絶やされた。歴史書ではそういうことになっている。だが、実際には生き残りがいたらしい。  彼らにとってウェヌス王家は仇だ。いまもその末裔が生きているとすれば、王家の者を害する危険性がある。それゆえ国内警備部隊は緑目を持つ人間の動向に常に目を光らせてきた。密偵に見張らせ、もし少しでも王家に仇なすような動きを認めれば、秘密裏に処分してしまう。  当時のル・グランが出したそんな極秘の勅令が、いまも生き続けているらしい。  王の勅令があるならば、あの男を葬り去るのは簡単だ。そう自分の心がそそのかす。奴の身柄を確保し、適当な理由をつけ、王家に害をなそうとした危険人物だと報告すればいい。  運命だなんて、そんな馬鹿げた話があるものか。  もう二度と、私の主君には会わせない。
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