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もとは隣同士だった僕らの部屋は、あいだの壁をぶち抜き、いまでは大きな一部屋になっている。改築したときに壁も厚くしたので、もうバスルームでこそこそ隠れてする必要もない。
「お疲れ、ルイ。爺さまは何だって?」
飲みかけのワイングラスを脇に置き、ユリウスが立ち上がる。
おおかた察しはついているはずだ。ユリウス自身、何度も祖父から同じことを言われている。
だけどその度、ユリウスはきっぱりと突っぱねた。
――俺はルイ以外の誰とも結婚するつもりはありません。
ユリウスには一切の迷いがない。そもそもユリウスはこことは別の場所で育ったから、王家に対し僕のような思い入れがないのだろう。王宮に残ったのは、僕と一緒にいるためだ。
だけど僕は――ユリウスのように割り切れない。優柔不断だと自分でも思う。いつまでも迷い続けることで、ユリウスの愛情を、祖父の期待を、この国の未来を、少しずつ裏切っているような気がする。
ユリウスは僕の式典用の上着を脱がせ、後ろで結んでいた髪を解いた。
ユリウスが好きだというので、この五年ずっと髪を切らないでいる。真っ直ぐな髪はもう腰にまで届き、ユリウスがよく手入れをするので我ながらきれいに伸びたと思う。それなのに、皆には見せたくないから髪を下すなというのだ。
ユリウスは僕を椅子に座らせ、いつものように僕の髪を櫛で梳きはじめた。二人きりでいるとき、ユリウスは甲斐甲斐しく僕の世話を焼く。
着替えや、食事や、入浴――
僕が右腕を失ってからずっとそうしてくれているけれど、本当はもうひとりでできることも多い。練習したから左手で文字も書けるし、左手だけで食事もできる。
なのに僕はずっと、されるがままになっている。
その目が、その手が、意識が、先回りして僕の欲しいものを探す。ユリウスが僕のことばかり考えているのが嬉しい。幼い雛を守る親鳥のような、過保護なほどの愛情。このままではまずいと思うのに、どっぷり浸かって身動きが取れない。
たぶん思うよりずっと、僕はユリウスの愛情に依存している。
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