女心と秋の空

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 彼のことが、嫌い。  そう言い切ってしまいたかった。それができたらどんなに楽だっただろう。  肝心なときに突っぱねるくせに、いざというときに他人事ではいられない。そんな自分の弱さが、火傷の痕にさらに傷をつけた。  私は弱い。誰が何と言おうと。  認めようとしない頑固な自分に散々呆れ、嫌気が差したのではなかったのか。  認めたら認めたで、弱さを盾に免罪符を得ようとする汚い自分にも気づかされる。  彼なら、何というだろう。彼なら──。  ほらまた出たよ、と自分とは別の自分が嘲る。  彼を頼れば、彼に縋れば。  優しい彼ならば、きっと嫌な顔ひとつせず受け入れてくれるだろう。今までそうであったように。  しかし彼が良くとも、私は良くないのだ。  彼に甘え、甘やかしてくれる彼を受け入れ、彼に感謝し続ける。それでは納得いかないのだ。  かといって、こんな泥にまみれた胸中を吐露すれば、却って彼を不安にさせかねない。  私ひとりのワガママで、これ以上彼を振り回したくないのだ。  ──今まで散々振り回してきたくせに、とまた知らない自分が呆れる。  否定できない自分が悔しくて、彼と距離を置けない自分に腹が立って。  棍棒(こんぼう)を振り回すくらい自分の中の何もかもを壊してしまいたかった。  じめじめと、うじうじと、考えてもはじまらないのに。  顔を押し付けた枕には、既に涙の痕がついていた。  もし自分が、彼と無関係なほど瑣末(さまつ)な存在であったなら、こうして目を腫らすこともなかっただろう。少しばかりの望みに賭けたせいで、一筋の光を見てしまったせいで。大海原へと漕ぎ出せるかもしれない、大空へ羽ばたけるかもしれない。そう思ってしまった。  中途半端に交わった彼の人生が、濃厚な蜜となって舌を痺れさせ、喉を絞め上げた。  いまいちど思い出す。彼の涼やかな横顔を。  どんなに瑣末な悲しみも一瞬で私を黒く染め上げたのに、彼の前では瞬く間に白くなった。まるで初めから存在していなかったかのように。  突如として震えたスマホに、私は枕を放り投げるほど驚いた。しかも、彼からだ。  動きの定まらない指で着信を取り、耳に当てる。  そして。  今までの暴風雨が嘘のように、青い空を覗かせた。
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