過去から来た手紙

1/25
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 5月の初旬、まだ寒く感じる日もある仙台市内陸の養鶏場で、けたたましい鶏の鳴き声に、篠田柚葉(ゆずは)は目をこすりながらベッドから起き上がった。  壁にハンガーで掛けてある高校の制服の横に吊るしてあるカーディガンを羽織り、柚葉は窓のカーテンを開けた。  勉強机の上の目覚まし時計を見ると、まだ朝の6時前だった。鶏が鳴いてもおかしくはない時間帯だが、その鳴き方は異常だった。  鶏舎の中の数百羽の鶏が一斉に鳴く、というより悲鳴を上げていた。朝の到来を告げる間延びした声ではない。ギャギャという切迫した悲鳴が辺り一帯に響き渡っている。  窓を開けて柚葉は外を見る。その瞬間、横から巨大な獣の頭が柚葉の視界をふさいだ。  細長くとがった鼻面の口元から牙が見えた。その頭部だけで、長さが柚葉の身長を優に越えている。  全身がふさふさとした毛皮で覆われ、黄色がかった毛は朝日に照らされて金色に見えた。  一瞬唖然とした柚葉は、今自分がいるのが自宅の2階だという事に気が付いた。そこの窓辺に顔があるという事は、どれほど巨大なのか。 「わ、わああ!」  柚葉は窓から飛びのき、部屋の一番離れた隅に座り込んだ。巨大な獣は窓ガラスに鼻を押し当て、ケンケンと甲高い声を上げた。  両目の間の鼻の上に、短い傷跡があった。その形と獣の声の調子に柚葉は覚えがあった。 「まさか……フモちゃん?」  窓の下から大人たちの大声が聞こえて来た。 「何だ、あれは?」 「け、警察に連絡を」  その声に巨大な獣の頭が一瞬振り向き、ダンという地響きがして、その巨体は柚葉の視界から消えた。  近くの林の木々が激しく揺れる音が、柚葉の部屋まで聞こえて来た。おそるおそる立ち上がって、窓から顔を出すと、山の方へ駆けていく金色の毛の巨大な四足獣の後ろ姿が見えた。  その体長は20メートルはあった。家の周りに大勢の住民が集まり、口々に叫んでいた。その声を聞きながら、柚葉はじっと巨大な獣が消えて行った方角を見つめていた。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!