過去から来た手紙

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 その夜、遠山准教授は東京都内の居酒屋で、旧友との久しぶりの再会を楽しんでいた。  その旧友、今は陸奥(みちのく)大学の准教授である芦屋(あしや)とは、大学院を博士課程修了まで、ともに過ごした仲だった。  ビールのジョッキで乾杯し、焼き鳥をつまみながら遠山が言う。 「懐かしいな。もう5年ぶりかな?」 「ああ、そうなるな。子どもが生まれてから、なかなか遠出もできなかったからな」 「結婚式には出られなくてすまなかったな。ちょうど学会の出張が重なってね」 「気にするな、そんな事。そのうち遊びに来てくれ」 「今日は何の用で東京へ?」 「研究費用の申請で文部科学省のお役人様に頭を下げに来たのさ。素人に納得させるのに大汗かいたよ。国立大のおまえがうらやましい」 「いや国立だって予算の獲得は似た様なものだよ。まったく世知辛い時代になったもんだ。それで今は何の研究をしてるんだ?」 「メッセンジャーRNAの合成だ。ありとあらゆる生物のね」 「ワクチンか?」 「俺がやっているのは、あくまでその基礎研究だ。新型コロナウイルスの一件以来、競争が激しくなっている分野だからな。そのうち一山当てたいもんだ」 「そりゃ将来有望だな。奥さんも喜んでるだろう。お子さんはいくつになった?」 「今3歳。やんちゃで困ってるよ。嫁さんは男の子はそのくらいがいいとか言うんだが、付き合わされる父親の身にもなれってんだ」 「ははは、公私ともに充実してるって事じゃないか。うらやましい」 「で、遠山、おまえはどうなんだ?」 「何が?」 「結婚だよ。そろそろ家庭を持ってもいい年だろう。予定はないのか?」 「いやあ、僕は独身主義者なんだ。独り身が気楽でいい」 「なあ、遠山」  芦屋はジョッキをテーブルに置いて、少し真面目な顔になった。 「おまえ、ひょっとして」 「ん? どうした、急に改まって。」 「おまえ、今でも篠田理子(りこ)の事を気にしているんじゃないか?」  今度は遠山がジョッキを手に持ったまま、一瞬真剣な表情になった。だが、遠山はすぐに笑い声を上げて否定した。 「あははは! そんなわけないだろう。もうそんなに若くはないさ」 「そうか。それならいいんだが」 「さ、久しぶりなんだから、とことん飲もう。ちょっと、店員さん。ビールのジョッキ、お代わりふたつ」
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