4人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
その夜、遠山准教授は東京都内の居酒屋で、旧友との久しぶりの再会を楽しんでいた。
その旧友、今は陸奥大学の准教授である芦屋とは、大学院を博士課程修了まで、ともに過ごした仲だった。
ビールのジョッキで乾杯し、焼き鳥をつまみながら遠山が言う。
「懐かしいな。もう5年ぶりかな?」
「ああ、そうなるな。子どもが生まれてから、なかなか遠出もできなかったからな」
「結婚式には出られなくてすまなかったな。ちょうど学会の出張が重なってね」
「気にするな、そんな事。そのうち遊びに来てくれ」
「今日は何の用で東京へ?」
「研究費用の申請で文部科学省のお役人様に頭を下げに来たのさ。素人に納得させるのに大汗かいたよ。国立大のおまえがうらやましい」
「いや国立だって予算の獲得は似た様なものだよ。まったく世知辛い時代になったもんだ。それで今は何の研究をしてるんだ?」
「メッセンジャーRNAの合成だ。ありとあらゆる生物のね」
「ワクチンか?」
「俺がやっているのは、あくまでその基礎研究だ。新型コロナウイルスの一件以来、競争が激しくなっている分野だからな。そのうち一山当てたいもんだ」
「そりゃ将来有望だな。奥さんも喜んでるだろう。お子さんはいくつになった?」
「今3歳。やんちゃで困ってるよ。嫁さんは男の子はそのくらいがいいとか言うんだが、付き合わされる父親の身にもなれってんだ」
「ははは、公私ともに充実してるって事じゃないか。うらやましい」
「で、遠山、おまえはどうなんだ?」
「何が?」
「結婚だよ。そろそろ家庭を持ってもいい年だろう。予定はないのか?」
「いやあ、僕は独身主義者なんだ。独り身が気楽でいい」
「なあ、遠山」
芦屋はジョッキをテーブルに置いて、少し真面目な顔になった。
「おまえ、ひょっとして」
「ん? どうした、急に改まって。」
「おまえ、今でも篠田理子の事を気にしているんじゃないか?」
今度は遠山がジョッキを手に持ったまま、一瞬真剣な表情になった。だが、遠山はすぐに笑い声を上げて否定した。
「あははは! そんなわけないだろう。もうそんなに若くはないさ」
「そうか。それならいいんだが」
「さ、久しぶりなんだから、とことん飲もう。ちょっと、店員さん。ビールのジョッキ、お代わりふたつ」
最初のコメントを投稿しよう!