ダウジングリレー

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ダウジング・リレー 序 この凄惨な事件は歴史に名を残すのだろうか。 それとも隠しおおして無かった事にすべきか。 どちらにしろ新聞記者が張り付いた時点で浮き彫りになってくるだろう。 そうなると私はこの一部始終を話すべきだ。 間違いない。 1976年1月3日―――――――― 宮城県仙台市。 先日は夜明けまで雨だったせいか、朝6時は霧がひどく視界がかなり狭まっていた。 そんな霧の中からぼんやりと犬が顔を出す。ハンドメイドの服を着させているので、いかに主が愛でているかが伺える。 犬の後しばらくして5、60歳の女性が犬の紐を掴みながら姿を現した。朝から非常に寒いので、その女性は大げさな位の厚着をしていた。 その女性が霧の中から、近くの空き地へと向かい散歩中の時である。 空き地には敷地の全面に杭が打たれていた。おそらく進入禁止という事だろう。 女性が近づくと、杭のひとつに丸い物体が刺さっている事に気づいた。 始めはさして気にはせず、子供がいたずらでサッカーボールを杭に差した程度の事しか考えてはいなかった。 しかしかなり近づくと霧が薄らぎ、刺さった者を視認できるところまで、のんびり散歩をしていた。 と、その刺さっている物体に何気無く目を配った時である。 女性は思わず犬の紐を落とし、白い息を吐きながら絶叫した。 「きゃあああああぁぁ!!首ぃぃぃ!!!!!!」 2 AM9:30頃―――――――― 犬の散歩中の女性から通報を受けた宮城県警は現場へと多くの警官を連れてやってきた。その中には警部の佐々在昌(さっさありまさ)の姿もいた。皆白い息を吐きながら、首の周りを取り囲むように進入禁止のテープを張り巡らされていた。警官の1人が首に手を伸ばし、触ろうとすると、佐々警部は叫んだ。 「まだ何も触るな!近寄るんじゃない。春日井先生が来るまではダメだ!」 手で触れようとした警官は、 「申し訳ございません!」 と敬礼した。 探偵の春日井先生ができるだけ早く来てくれないと困る。佐々警部はイライラを押さえきれなかった。佐々は他の警官と違って私服の黒いコートを着ていた。吐く息は白い。佐々はタバコを取り出しとりあえず一服し気を静めていた。 3 AM10:45頃―――――――― 新幹線から1人の男が仙台駅で降りたった。つばの部分がすべてよれた帽子を被り、袴姿の上から茶色いコートを羽織っている。肩掛けバッグをたすき掛けしたその男は小走りで仙台駅から離れ、駅前に着けてある警察の車に乗り込むと、すぐに車は発車した。 「いやぁすみませんね。ちょっと遅れちゃいまして。」 男はそういうと、帽子を被り直した。 「それにしても寒いですねぇ、ここは」 「昨日冷たい雨が降りまして、今日は朝から霧が立ち込めています」 運転手の警官が応えた。 20分ほど走った所に現場はあった。車を少し飛ばしたおかげでもあった。 車が到着すると、警部の佐々が迎え入れた。握手をかわし、 「待っておりました春日井先生」 「ちょっと遅れてしまって、どうもすみません」 春日井と呼ばれた男は、帽子を一度取って、髪をかきむしった。 この男こそ佐々お気に入りの私立探偵、春日井響介であった。 事実何度もこの男には救われている。 「早速現場を拝見させてもらいます。いやぁ本当に霧が深いですね」 そう言って春日井は首に近づいて行った。そして色んな方面から首を見定めるように見つめる。 「これって推定死亡時間なんか分かりますかねぇ?」 私立探偵春日井が警察の者に訊ねた。 「何しろ半分凍り付いてますので…『解凍』すればある程度はわかりますが」 「ふむ…」 春日井がしばらく眺めていると、首の切れ端にほんの小さい繊維状の物がくっ付いているのが見えた。 「警察さん、これちょっと袋に入れてください」 春日井が指を差す部分を警官がピンセットで慎重に剥がし取り、透明な袋にそれを入れた。 「ちょっと見せて下さい」 探偵は袋を貰い観察している。 「やっぱりちょっと凍っていて分かりにくいですけど…白い繊維か何かですかねぇ…おそらく首を刺す時に白い手袋なんかしていた可能性が無きにしも非ずですねぇ」 春日井は続けた。 「そうなら、血液も混じってないとちょっとおかしいですが、今はなんとも。とりあえずそれ、鑑識に回してください」 「了解いたしました!」 警察は小走りで車に向かう。 佐々警部が春日井に訊ねる。 「この状況を見てみて、どう思います?」 探偵は帽子をとり、また頭を掻きむしりながら半信半疑のように口を開く。 「そのそも杭に頭だけ刺すって時点で、犯人からの強いメッセージ性を感じるんですよねぇ。非常に挑戦的なんですよ。これはまだ勘ですが、1人では終わらないって思うんですよね。」 「なるほどですね」 「もういいですから頭を取ってみて下さい」 佐々警部が頭をゆっくりと取るように2人の警官に命ずる。 指名された2人が腫れ物に触るように頭を上に向けて引っ張るが、なかなか抜けない。 「警部、抜けません!」 「何ぃ?」 警官2人は改めて、今回はより力を入れて引っ張ると、ゆっくりと頭は上にあがりはじめた。 春日井はその様子を瞬きもせず見ていた。その間、白い息が何度も口から出る。 「半分凍っていて動かないのかもしれないですけど、これはよっぽど力の強い人間が刺したんじゃないかと思うんです」 「ほーお」 「取れました!」 警官2人で首を大事そうに抱えている。 「それをすぐ鑑識に回せ!あと身元確認も急げ!残りは聞き込み調査を即座に開始しろ!」 佐々が手際よく警官達をさばいてゆく。 「とりあえずですが、第一発見者に会ってみますかぁ」 「了解しました。さぁ車へ」 4 「はじめはサッカーボールか何かだと思ったんですよ」 婦人は犬を隣に座らせて、ハンカチで口元を隠しながら言った。 「今日は霧がひどいですからねぇ」 佐々は出された暖かいお茶を飲みながら、言った。 「発見した時刻は、いつくらいかお分かりになりませんか?」 春日井は丁寧に口を転がした。 「散歩に出かけたのが6:00くらいでしたから…15分後くらいかしらね」 探偵はメモをとっておく。 「その時に周辺に誰がいたかなんてのは…霧が深くて分からないでしょうねぇ」 「そうですね、全く分からずじまいですのよ」 佐々が春日井の顔を見ると、軽く頷いたので、 「どうもお邪魔しました。探偵さん、とりあえず署に帰りましょう」 婦人は、 「こんな事しか喋れず恐縮ですわ」 「いえいえお邪魔致しました、失礼します。」 2人は婦人宅を後にした。 その後すぐにパトカーに乗り込み、署へと向かって霧の中へ消えていった。 5 私立探偵春日井と、警部の佐々は署に入り、ぼんやりとした吉報を待ちながら部屋に居た。 「インタスタントで申し訳ないですが…コーヒーを」 「いえ、こりゃ助かります」 しばらく2人はコーヒーを飲んでいた。寒い体に染み渡ってゆく。 静かに佐々が探偵に語り掛ける。 「今のところ、どうですかこの事件」 探偵はコーヒーマグを机に置いた。 「どうも何も、身元不明、指紋無し、動機不明じゃ、推理も立ち行きませんねぇ…ただ犯人は力持ちの男性、ぐらいしか想定できませんよ」 「結果待ち、ということですな」 「この時間がもどかしい…またどこかで事件は必ず起きるという確信だけはあるのに…」 「ですなぁ…」 温くなったコーヒーを飲み干して佐々は相槌をうった。 その時、部屋の扉が開き、検視官が入って来た。 「白い繊維状のものが分かりました」 「そうか、それで?」 「綿ですね。おそらく手袋の可能性が高いかと」 「やはりそうか…」 頷く佐々を横目に、春日井が検視官に訊ねた。 「血液!血液とかは付着していませんでした?」 「いえ、全く付着してございません。では」 検察官が帰ると、私立探偵はまた頭を掻きむしった。 「おかしいんですよ!普通なら首を切ったら血が大量に出るはずでしょう?それなのに手袋にも刺さった杭にも血が付着してないんです。どう言う事なんでしょうこれは」 佐々は、 「どういう事って、それはこっちが聞きたい位ですよ。どうですか?コーヒーもう一杯」 「いただきます…ふぅ」 そう言ってソファに身を沈める。2杯目のコーヒーを頼んでる内に、48時間以上寝てない事に気づいた。休めるうちは休まないといけないのだが、この寒さの中だ。なかなか寝付けないだろうし、どっちを天秤にかけるか考えた末、コーヒーを選択した。新幹線の車内で少しでも寝ておけば良かったと後悔した。 「2杯目どうぞ」 「こりゃどうも」 再びお互い沈黙の中でコーヒーを飲み暖を取る。飲み切ると自然に(まぶた)が重くなった。 それを見た佐々は特に何も言う事はなく、コーヒーを飲んでいた。 5 「警部!!!」 いきなり2人のいる部屋のドアがすごい音を立てて鳴った。 2人はいつの間にか寝ていた事に気づき、ハッと上半身を起こした2人。 「身元が割れたか!?」 「いえ、新たな首刺し事件です」 (しまった……) 春日井はのうのうと寝ていた自分に顔をしかめた。 「同一犯の確率が非常に高いですね」 「ここから車で40分ほどの被害者の部屋です!」 「早速向かいますよ探偵!」 被害者のマンションのドア周辺には、早速進入禁止のシールが貼ってあった。2人はそれをくぐって中へと向かう。 すると、部屋の角にある帽子やコートを掛ける場所に、首が引っかかっていた。髪が長く、下へと流れている。被害者は女性だった。 佐々警部の元へ警部補の榊原(さかきばら)が近づき、 「被害者の自宅なので面は割れてます。喜志麻子(きしあさこ)。37歳。鬼瓦銀行の銀行員です」 「最初やられた男との関係性は…まだ1つ目の首の面が割れてないから無理か」 春日井は首と周辺をくまなく見て回った。 「ふぅむ…」 全開と違う点は、あちこちに血液が飛び散っている事だ。この場で殺した事が伺えた。首が引っかかっている棒にも血がしたたり落ちていた。 「銀行員…ふぅむ…」 春日井が視察している所に、警部補がやってきた。 「探偵さん、隣の部屋の住人からの聞き込みで、3日前にチェーンソーのような音ががしたとの証言がありました。おそらく死亡推定時刻もそんな感じかと」 「なるほど…。銀行員…金でもめていた…?ううん、どうだろうか」 警部が悩んでいる春日井探偵に一石を投じた。 「最初のやつが、この女を殺したって線はどうです?」 「いやぁ…それだと辻褄(つじつま)が合わないというか…それはちょっと考えづらい線ですねぇ。じゃあ誰が1番目の男を殺したのかというのもありますし…」 探偵は首の周辺をとにかく凝視していた。 「切り口も雑ですし、白い綿も今回はなし、ですか…」 痛々しい表情を帯びた女性の表情。いかに凄惨な現場だったのかを私達に知らせてくれる。 部屋はあまり物もなく、ミニマムな生活を送っているようだった。奥に机がある。 血痕は部屋の方にも散らばっていた。相当犯行に抵抗したのだろう。 突如、警官が叫ぶ。 「警部!重要な証拠を発見しました!」 佐々警部と春日井は証拠を見に駆けつける。 「どこにあった?」 「机の中であります!」 手紙だった。文字が書かれているのだが、相当滲んでおり、文字鑑定を難しくさせる代物だった。春日井は手紙に目をやる。 「キシ アサコ シッテルゾ ギンコウノ フセイ シニタクナケレバ ミッカイナイ二 エンマ シュウゾウ コロセ キョヒスルナラ オレガ オマエ コロス 」 「犯人のものに間違いはないのでしょうが…エンマシュウゾウとは誰でしょう。皆心当たりは?」 警官達は皆、首を横に振った。 私立探偵は咳払いをしてから、言った。 「誰でも分かる事象でしょうが、つまりこういう事ですね。この喜志麻子は脅迫を受けていたが、エンマシュウゾウを殺すことがどうしてもできず、犯人が殺しにきた」 「間違いないでしょうな。しかしエンマシュウゾウが誰なのか…」 「うーむ。次に殺されるのはエンマという事は間違いなさそうですが…」 警部はそう言って唸る。そして、 「最初の殺害者の新情報はないのか!?誰か電話で確認取ってこい!」 警官の1人が走る。 「とにかくエンマを探し当て、守るのが重要かと…」 春日井の言葉に警部は頷き、レシーバーを取るとがなり立てた。 「最初の被害者の身元探している者達の、半分をこちらへ寄越せ!」 春日井が、 「この銀行の不正も気になりますねぇ。犯人はどうしてこんな事を知っていたんでしょう?」 「最初に殺られた首の者が銀行員だったとか…ですかね」 警部の言葉にやや被せるとうに言った。 「いやぁ…こう言ってはなんですが…あれは銀行員って顔じゃないと思うんですよねぇ。何というか…上手く言えないですが…世捨て人のように見えましたけどね」 警部はスーツを前に引きながら言った。 「では最初の被害者との関係はない、と?」 「いやそれはわかりません。あるかもしれません。とにかく身元確認だけでも急いでいただかないと…」 そう言って髪をかきむしっていると、部屋のドアがすごい勢いで開き、警部補が入って来た。 「どうした警部補」 「はい、エンマシュウゾウの面が割れました。 「この男の命があぶない!急いで現場にいかねば!」 春日井と佐々を乗せたパトカーが音を鳴らしながら発車する。 「この時間に、エンマは仕事場と自宅、どちらにいるでしょうね」 春日井の問いに、警部は腕時計を見た。18:35。 両目の境目あたりに軽くチョップするような仕草を見せた。 「ああ~そうだった!」 レシーバーに口を近づけ、 「エンマの自宅にも4、5人回せ!」 探偵と佐々は仕事場へと向かった。 6 エンマの仕事場所は車の正規代理店であった。佐々と春日井は、急いで入り口のドアを開ける。 「誰か!誰かいるか!?」 警部が叫ぶと、受付担当らしき女性がやってきた。 「何でしょう?」 警察手帳を見せると女性は少し高く短い声驚いた。佐々は話を続ける。 「エンマという者を御存じかね?」 「ええ、店長ですが」 「店長ですかぁ…それでいまはどこに?」 ポカンとしながら女性は答えた。 「今日は定時の17:00に帰られましたが…」 「あぁ…くそやられたっ!」 春日井は帽子を取って手で、もみくちゃにした。 「春日井さんすぐ自宅にいきま…」 佐々警部の声を避けるのように、言った。 「ちょっと店長の仕事部屋を見てもよろしいですか?」 「貴方は警察でもないようですが…」 佐々警部はたしなめるように、 「ああ彼はいいんです。警察が認めている探偵ですから」 「はぁ」 「案内をお願いします」 「こちらです」 店長の部屋は思った以上に狭かった。が、多く積まれた資料と棚にある書類をみるにつけ仕事ひと筋といった匂いが漂っている。店長のデスクにも資料が詰まっていたが、一番上の棚だけ鍵がかかていて開かない。 探偵は持っているバッグを開いて一つズダ袋を取り出した。中身を覗くと大小からなるピンのようなものであった。 そのうちの2本を片方づつ両手に持つと、それを鍵穴に入れ、何やらカチャカチャ動かしている。 思わず佐々警部が 「春日井さん、それはさすがに…」 と咎めると探偵は、 「いやあ探偵になったらね、こういう技術もないといけないんですよ…」 カチャリと音がすると、探偵はゆっくりと棚を開けた。 カラフルな書類が入っていたが、1番上に手紙がはいっていた。 「前の犠牲者のと髪色も材質もそっくりですな」 春日井はゆっくり手紙を開き、滲んだ文字を読んだ。 「エンマショウゾウ シッテルゾ セキ シマトノ フリン ミッカイナイ二 セキシマノ クビヲキラナケレバ ツマ二 ツウホウスル」 春日井探偵は心に詰まった何かを吐き出すようかのように白い息を吐きながら言った。 「これはもうキリがないですな…しかしこの犯人の不祥事を手広くキャッチするこの量…そして闇にまみれたエンターティンメント性…」 佐々は手紙をまだジーっと見つめている。 「犯人は新聞記者か?報道強者?元警官関係者?ううん…」 クセである髪をかきむしっていると、警官が現れた。 「あの、自宅にエンマの首があったとのことです」 「電話で話したいから待っていろ!」 警部が隣にある部屋に備え付けてある電話の受話器を取った。 当然、春日井もそばに寄ってきた。 「状況はどんな感じだ!?」 「こたつの上に乗せる形で置いてありました!」 警部が春日井に受話器を渡す。 「血痕は?血や他の部位は発見されましたか?」 「部屋にはありませんが、浴室だけが血まみれです。他の部位無し!」 電話を切った警部は、まるで悪寒をなくすかのようにコートを両横に引っ張った。 「春日井さん、あなたがいないとこの謎、とてもとても…」 「弱音を吐いちゃいけませんよ」 春日井はやや興奮気味に話しを続けた。 「エンマの首は風呂場で『血抜き』したんでしょう。そのぐらいの余裕があったということ。そして他の部位を持ち運べるとなると、やはりそのくらい腕力のある大男…んんむ」 警部はソファの端をパンチしながら言った。 「歯がゆいのですよ探偵さん!犯人に手紙で次の被害者の情報があって、迎えにいってみると首だけ残ってるって…何なんでしょう犯人の狙いは!」 コートを着た春日井がなだめるように言った。 「確かに珍妙な事件です。犯人は実に挑戦的で、冷静さを気取ってるかと思えば、喜志麻子さんのように荒っぽい手口もある…。」 警部は、そばにいる警官達に声を荒げた。 「電話をかけて、最初の被害者の面取りを早く急がせろと伝えろ」 「愉快犯…いや警察に相当恨みのある者…ううんいやはや何とも…」 警部はすでに3杯目のコーヒーに口を付けながら、言った。 「もうお察しの通り、警察への当てつけだとしたら、センスのかけらもない犯行ですな。」 春日井はコーヒーマグを警部に突きつけて言った。 「はたしてそうでしょうか?」 「3杯目お持ちを」 7 「しかし何ですなぁ。不倫相手を必死に探すのは困難ですなぁ」 警部は悪態をついた。車で移動中の春日井は、 「まあそうですが…車販売店よりも距離は近い場所にあると思ってるんですよねぇ」 15分程走った所だろうか。後ろからパトカーがやって来て、止まれのモーションをするので、警部はブレーキペダルをゆっくりと踏み、横に幅をよせる。車からでると相変わらずの寒さに凍えそうになる。 「何か分かったのか?」 警部が問うと、 「第一被害者の推定死亡時間が分かりました。」 「続けろ」 「はい、死亡してから1日か2日ほどだそうです」 「ずいぶんフレッシュな首ですなぁ」 警部は続けた。 「で、面は割れたか?」 「いえ、まだなにも…」 警官は白い息を吐きながら寒さに耐えている。 「実は第一発見者の男、犯人と思っていたんですが、殺されてますからなぁ」 「そこ所も私なりに考えていたんですけどねぇ…どうも点と点が(つな)がらなくて、まいっております」 そう言って春日井は強めに目をこすった。 「あと何か報告は?んん?」 「ございません!」 「はいご苦労」 報告した警官を乗せたパトカーが逆方向へ向けて走り去ってゆく。 車を停車させたまま、佐々警部は恥ずかし気に言った。 「あても無くただ走らせていけるだけなんですけど、どうしましょうか」 「そうですねぇ…仕方がないので近くに喫茶店でもあれば、そこで軽食をとりませんか?」 「そうしますか。」 幸い大変狭い軽食喫茶を見つけたので、そこで温まりつつ、食事とコーヒーを頂くことにした。春日井と佐々はソーセージ入りスクランブルエッグを美味しそうに食しながら、警部はコーヒーをかきまぜて飲み、春日井は地図を丹念に注視していた。 私立探偵は首のあった現場に赤い鉛筆で丸を描いていった。ふむ…。探偵春日井はやや頷いた。コーヒーをすすりながら、警部が言った。 「なにかありましたかな?」 「いやね、最初の首があった部分と、エンマの首があった自宅まで点を、線と結ぶと、ほぼ直線になるんですよね、ほらこんな風に」 そう言って新聞を使って直線であることを証明すると。 「うぅ~ん、それは…偶然か何かでしょう」 くわえタバコにマッチを擦って吸い、大きく白い煙を探偵の横に吹き出した。 「犯人は警察に挑戦状を渡してるんですよ?これも何かのヒントかもしれないじゃないですか!」 「そうですなぁ…まぁとにかく現状我々は犯人の手のひらで転がされているのは間違いないでしょうな」 春日井探偵は言った。 「一旦、署にもどりましょう。お会計だけよろしくおねがいします」 そういうとドアを開け、寒い中警部の勘定を待っていた。 顔を上げると鼻先から冷たいものが落ちて来るのが分かる。 雪だ。 ドアから出て来た警部に、 「まずいですよ雪が降ってきています」 「まぁめずらしい事でもないが」 「雪は捜査を埋もれされられます。早く署に行きましょう」 2人は雪の降る中、署へと消えていった。 8 警部と探偵はパトカーで署に付き、いつもの部屋で2人でお茶をすすっていた。 玄米茶は探偵の好物であった。相変わらず体が温まってくる。東北に住んでいる人を探偵は素直に尊敬した。 「ちょっと失礼します」 検視官の女性が部屋に入ってきた。 「お聞きになられたと思いますが、最初の首は解凍後調べたところによると、死後1~2日とみられます。2番目の女性は5日前後という検視結果がでています。その次、閻魔(えんま)の首は腐敗もあり、1~2週間ほど経っています」 ドアから警部補榊原(さかきばら)も部屋へと入って来た。 「2つのポイントがあります。ターゲッテングされた者が殺したか、犯人が殺したかの2択です。犯人が殺したのは恐らく最初の被害者と閻魔でしょう。切り口が丁寧です。志摩に関しては…何とも分からない点が多く、もたついてますが先ほど銀行から電話があり、他人の半凍結口座から少し引いて自分の口座に移していた事実が分かりました。」 春日井は頭をかき乱しながら、 「その不正を知っていたのが、犯人と、そういう訳ですか」 警部補は(うなず)いた。 「閻魔の机にあった手紙も、恐らく本当に不倫していたんでしょうねぇ」 探偵はコーヒーマグの取っ手に手を付ける。 警部はいらだちを隠せず、 「ったく、最初のヤツが誰なのかさえ分かれば、少しはマシになるのに…」 そう言ってコーヒーを一気に飲み干した。 「世捨て人のような風貌ですからねぇ…難航しているのでしょう」 「あとはセキ・シマを追うだけなのですが…でも待てよ。警部補、この直線のラインを辿って探していただけませんか」 警部補はうなづき、 「直線ですか…興味深い。行ってまいります。」 探偵は食べたせいか、また眠くなってきていた。うつらうつらするとゆっくり眠りに入っていった。 9 「春日井さんッ!」 「はいっ!」 ソファで眠っていた春日井は警部の一喝で一気にぼんやりとした眠りから一転、目が冴えわたった。 「何です?何があったんです!?」 「閻魔の《えんま》の不倫相手の部屋と首がみつかったらしいですぞ」 「そうですか…なら現場に急がねば」 探偵春日井が帽子を被り、重そうなリュックを背中に掛けてから、即座に部屋を出てパトランプを流しながらパトカーが発進する。 「警部補が言ってたんですがね、直線状にあったらしいんですよ」 「本当に良かった…あの縦線を見た時、正直言って何かを感じたんですよ。第六感ってやつですかな」 「セキ・シマの部屋に急ぎましょう春日井さん」 雪の降る中、ワイパーを絶やさずに現場に向かう2人。 助手席の警部に探偵が言った。 「しかし最好調に寒いですねぇ。仙台は…というか宮城県はいつもこんなに寒いんですか?」 「こんなの寒いうちにははいりませんよ。雪で車が覆われてたら別ですがね」 「ほお…そんなに寒いんですか。私は東京以外あまり出た事ないので、雪を実写で見るのが新鮮です。ですが、とにもかくにも寒い…」 「シマ・アサコは閻魔(えんま)の愛人ですか…こりゃまあお盛んな事で」 シマ・アサコの家は想像をはるかに超える古い平屋だった。 それはまるで江戸時代にでも戻ったかのような、とてつもなく古い一軒家。 進入禁止のテープを(くぐ)り、2人は中に入ると、こんな冬の日だというのに、部屋から異臭が漂よってくる。ふるい2Kほどの部屋だ。ハンカチで手を押さえながら部屋に入ると、1つ目の部屋にその首はあった。切り口は激しく損傷しており、片側のほおが垂れ気味になっていて、口の周りは落ちくぼんでおり、死亡推定時刻は大体探偵はおおよそ気づく。 こたつの周辺に血痕が多数あり、廊下の血痕を辿ってみると、浴室の方まで伸びていて、浴室のドアを開けると 「うわッ!!!!」 と春日井は思わず驚愕してしまう。 「どうしました!?」 警部は浴室の中、湯舟の中に緑色の、おそらく体部分が水に浸かっていた。 「なんとゆう腐敗臭だ…!」 「閻魔は居間でシマを殺し、ひきづって歩き血痕が床に置いたものの、処分の仕方が分からず仕方なく浴室に置いて水で浸した…。これは例の犯人ではなく、閻魔の犯行だろう。でももう閻魔はこの世にはいない…そこが痛い!むずがゆすぎる!首以外の体を、軽々持ち帰るのは犯人の方だ!」 春日井は態勢を上げ、むくりと立ち上がった。 「この死体処理はきついとは思いますが警官達に任せて、手紙…!手紙を探さないと!」リビングと寝る部屋の方を警官も合わせた数名で探している。 警官がやって来て、 「手紙!みつかりません!」 「みつかりませんじゃないんだよ、見つけるんだよ!!」 警部が部下にどなり散らしていると、春日井が畳を歩いていて、汚れた足袋に違和感を少し感じた。同じ場所をもう一度通る。やはりかすかに感じる違和感。 [警官さん、ここの畳をひっぺ替えしてもらえますか] そう言われた警官は、何人かで畳を返す。 そこには一通の手紙があった。 「こいつは…何て所に隠してやがる…よく気づきましたねさすが探偵」 「おべっかはよろしいですよ。とにかく中身を」 セキシマ シッテルゾ サエグサシロウ ト フリンシテイルコト バラサレタクナケレバ サエグサシロウ ヲ イッシュウカン イナイ二 コロセ ダメナラ オレガオマエ コロス 「これは…絶望でしかない」 「セキ・シマは閻魔(えんま)とも不倫していたのに…2人と不倫していたという事ですか」 「化粧台に保険証が入っていました!関志摩(セキシマ)です。」 「はぁ…」 春日井は嘆息した。 と、1人の警官が手を上げた。 「何だ」 「サエグサシロウは宮城県知事ですよ」 「何だって!?」 春日井が焦りながら言った。 「もしそうなら、すぐに県知事を護衛しましょう!犯人の先手を取るのです!」 「そうですな、行きますか!」 警部と探偵、警察6名で、県知事庁舎へ赴く事となった。 10 「やっぱりだ。首のある所には真っすぐな線を引いた所にある」 タバコをうまそうに吸いながら、警部は言った。 「まだそんな事にこだわってるんですか探偵さん」 庁舎へ向かう車内で2人がやり取りしている。 「これは偶然じゃないと思いますね。前にも言ったように、これは普通の殺人事件ではない。明らかに警察に対しての挑戦状なんですよ!?」 「ふぅむ…それにしてもこれだけ証拠を残している犯人なのに捕まらないとは…」 春日井は帽子を取って少しだけ髪をかき、再び帽子を被りながら言った。 「その為にも県知事を守らないといけません。もしかしたら犯人とぶつかる可能性はありますが…」 16:24分―――――――― 庁舎に着くと、受付に三草史郎の所在を確認する。まだこの建物の中にいるらしい。 安堵すると、庁舎の知事室をノックする。 「どうぞ」 声を聞いた2人と警官4人は、急いで室内へと入ってゆく。 「これはまた、どうしたことで?」 県知事は明らかに驚いた顔を見せている。 探偵は知事の肩に手を掴みながら、 「知事!説明は後にしますが、貴方は犯人に殺される可能性が非常に高いのです。署までお見送りしますので、ご協力お願いします」 「私がですか?何だろう狙われるような事は何も…」 警部がもう一方の肩に手をやり言った。 「それも含めてお話致しますので、どうか車に乗って下さい」 知事は、訳が分からないといった(てい)で、言われるがままに2人の後ろを追った。知事の後ろには警官4名がついてくる。 通路を辿り、エレベーターを使って1階出口まで辿り着き、出ていこうとした時。 政治家絡みの連続首切り事件の匂いを嗅ぎつけた新聞記者らが待ち構えていた。 「しまったなぁ…どちらにしろパトカーはあの先にあるし、行きますか!」 警部と探偵、知事、警官4人はパトカーまで道をあける。 ドアを出た途端、記者からの猛烈な質問攻めに会う。 「首だけ時間は今、何件めなんですか?!」 「知事も首切りリストに上がっていたというわけですか?」 「隠さず教えてくださいよ!」 チカッとカメラのライトでめまいがする もうどうしようもないと思ったのか警部が、 「確かに今、首だけ残した連続殺人事件が起きてるのは確かだ。でもそれ以上言う事は現時点では出来ない」 記者の猛攻の中、探偵と警部2、後部座席に知事と警官1名を乗せたパトカーが、発車し始める。 「それで刑事さん、私が何だっていうのです?」 警部は言葉に気を付けながら口を開いた。 「あなたは関志摩という女性と関係を持っていますか?」 知事は何とか平常心を装うが、ついに観念したようで、 「どこから情報が漏れたんだクソッ」 「そして関志摩は閻魔俊三とあなたは非常に仲が良かったらしいですね?」 探偵は知事に対し、直接切り込んだ。 「え?閻魔と?食事する機会も多いですし…。仲良いといえばそうでしょう」 「閻魔は犯人によって首を切られたんですよ」 「何!?なんてことだ…」 探偵の春日井は 「今回の犯罪は犯人からリレー形式で命のやりとりを、手紙を使って閻魔に来て、関志摩にも来た恐怖の手紙です。関志摩は閻魔とも不倫していました。お金を貰っていたんでしょうが、醜悪な事件だとおもいませんか?」 「……」 知事は脂汗をかきながら、 「じゃあ私は何をすればいいんだ?次回の知事選で大ダメージをくらってしまう」 「犯人が捕まるまで署にいるだけです。」 知事はハンカチで顔を拭きながら言った。 「そんな!仕事が毎日目白押しなんですよ?」 バイク便と庁舎のメンバーを駆使してなんとかお仕事を執り行ってください」 知事は顔を手で覆いながら、 「まるで私が逮捕されたみたいなじゃないか…噂が広まるのは早い…」 そこへ警部補の榊原(さかきばら)が」手紙を持って部屋に入って来た。 署に来た殺人者からの手紙を早速読み進めていく。 「ヨテイ ガ カワッタ ヒショノ サナダマサミ ヲ コロス サエグサノヒショハ サエグサノ リョウシュウショフセイ 二 カタン シテイル オトコデアル」 「何てことだ…知事、これに関して言う事は?」 「…あの、だな…政治家なら半分はやってるんだ。領収書は」 「待ったくもって救いようない案件ですな」 警部はコーヒーを片手に(つぶや)いた。 春日井は知事に問いただした」 「秘書のサマダアサ三はどこにいます?」 「今日は定時に帰ったはずです。今頃に自宅部屋にいるかと」 探偵は帽子を取って髪をかきむしった。 「今すぐ行きましょぅ!」 11 犯人が先に部屋につくか、我々が先につくか。警官が早いスピードで真田阿美(さなだあさみ)の自宅へ向かっていた。 後部座席に座っている春日井は、地図を見ながら地図の県知事の自宅を赤鉛筆で丸を書いた。 「やはり直線状に置かれている」 「もはやこれは偶然ではありませんな、いや失敬しました」 真田の家に早く到着して犯人が来る前に間に合うだろうか。もうすぐ着く頃、自宅から悲鳴が聞こえた。 探偵と警部はすぐさ入り口のドアを開ける。 すると。 室内、真田の首を持った大柄な男がいた。頭はズダ袋を被っており、目の辺りが切り取られている。オーバーオールを着て、その中には薄汚れていた下着が少し見えている。返り血を大量に浴びていた。 「貴様!」 警部が取り押さえようとすると、犯人は銃を出してきた。 「警部さん、それは偽物の拳銃ですよ!」 思わず春日井は叫んだ。警部は自分のホルスターから本物の銃を取り出そうした時、大柄な犯人は腕を横に素早くはたき、銃は外れてしまった。 犯人は警部の肩にめがけて、鉄の棒で2度振り下ろした。 「痛ぇ!このやろ!」 反撃しようとすると、犯人はベランダの窓から素早く逃げていった。 「警察!銃の発砲を認めるから、犯人を倒せ!大柄のオーバーオール!」 警部がレシーバーで周囲の警察官に咆哮(ほうこう)した。 しばらくして警官の阿鼻驚嘆(あびきょうたん)の声を上げているのが遠くからでも分かる。 警官の元へ様子を見に行くと、心臓を撃ちぬかれた4名の死体が転がっていた。 春日井は申し訳なさそうに言った。 「こりゃ本物の銃だ。どうしたことだ…」 「銃なんて反社会系の組織ぐらいしか持てませんよ探偵さん!」 「あんな恰好だ。すぐ見つけます…いたた」 「警部は病院に行ってください。砕かれている可能性が高いですから」 警部は患部を押さえながら、 「失礼します。どうか探偵さんも危険は避けるように」 春日井私立探偵は、 「了解いたしました!」 そうして警部は入院した。 12 最大20名の警官が犯人捜索に当たったが犯人をみつけられずにいた。 春日井は署にある例の部屋に1人、座っていた。 人物相関をまとめようと、ホワイトボードにペンを走らせている。 推定死亡時間は一つ目の首から関志摩まで順番通りに並んでいる。 そして被害者の闇の部分を適切に突いているのも重要だ。 ここまで知っている犯人はだれだろうか。 被害者の首発見場所は、最初から知事まで、やはり1直線の線を保っている。 被害者の特徴は、きれいに血抜きしているか、切断面が荒く血まみれな死体のどちらかだ。果たして1人の犯行なのだろうか?考えるとコメカミ辺りに頭痛がしている。 通りかかった経験に声高に叫ぶ。 「あのぅコーヒーくれませんか?砂糖たっぷりで」 ブドウ糖を摂取しないとフラフラで倒れそうになるからだ。 「あのぅ」 1人警官がコーヒーを持ちながら喋りだした。 「冴草史郎の秘書の真田正美、首だけ残して死んでました」 春日井は叫んだ。 「秘書は護衛してなかったのか!?」 「護衛しに行ったら、もう首がありました」 知事の件で学んだのか、犯人の機敏な動きがやはり気になった。 「ふぅ…」 春日井は浅く深呼吸した。 「現場はどんな状態でした?血がなかったのか血まみれだったか、です」 「聞き込みによると、秘書の真田は開いた時間でボディビルの店に行っていたとの事です。なので犯人はかなり苦戦したはずです。そして血痕が秘書ともう1人の血痕が出てきているとの事です」 「その血痕で犯人を割り出すことは?」 「指紋なら可能ですが…血痕だけでは何とも…」 「できるのかできないのか、どっちなんです!?」 「はい!かなり困難です」 そう言って警官は砂糖たっぷりのコーヒーを置いて部屋を後にした。 まだ秘書真田手紙を入手できてない様子だ。 探偵は秘書の現場を見に、重い腰を上げた。 13 パトカーに乗車し、35分ほどかかると言う事で、少し仮眠を取った。 少しだけでも眠ると体と頭が冴えて来るものだ。そうして秘書の現場に辿り着き、春日井は寒さを逃れるように現場の中へと入って行く。 至るところに血痕が見当たる。トイレのドア、台所の床と壁。リビングが一番ひどかった。 「これは犯人も傷を負った可能性もありますね」 秘書の首はリビングのこたつの上に置いてあった。春日井は首に顔を近づける。 「血抜きされているな…首だけキレイに残したかったのか…検討はつかない」 「首以外の部位は見つかりませんでした!」 警官が探偵にそう報告すると、 「持ち帰ったか…それとも」 と、警官が1人報告にやって来た。 「聞き込みで判明した件ですが、少し前に。建物のすぐ近くで大柄な男が土を掘っていたとの報告です」 「そんな所に隠してたのか…いや、今欲しいのは秘書の手紙です。必死に探して頂けますか」 春日井も混じって手紙の捜索が始まる。警官10名を割いてもらって必死の捜索に臨んだが、なかなか発見できずにいた。 その間、喉が弱い春日井が台所で水に液体を垂らし、うがいを始めた。 上に視線をやると、手紙がシールで貼ってあるのを見つけ、ゴホっとうがい液を少し飲んでしまう。 「…天井!あった天井に!誰か!どこかに脚立はないか?」 警官は首に挟んだ警官の1人を持ち上げて、ギリギリなんとか手紙に手が届いた。 「手紙であります!」 「実に素晴らしい」 春日井探偵は手紙の内容を目視する。 「ヒショ サナダヨ オマエハ サエグサノ フセイヲ カクシテイタナ  バラサレタクナケレバ オマエノ ヒモ アライヨシズミヲ 3ニチイナイ二コロセ コロセナイナラ オレガ オマエ コロス」 「ヒモ…ヒモって何ですか?」 春日井が素直に言った。 「ヒモとは…異性にコバンザメのように張り付き生活している、いわゆるニートです!」 春日井の理解の範疇(はんちゅう)にないタイプだったので少し驚いたが、 「次の被害者はこのアライってやつですね…」 そう言いながら首の発見場所をまた地図に鉛筆で赤線をマーキングする。 「あれ?直線状にない?」 春日井探偵は悩んだが、 「もう一本の線があるってことか!」 ひらめいたように頷く。 「この直線に犯行場所が変わりました。皆さん急いでアライを見つけて下さい。でないとまた首が!」 「しかし探偵…あの犯人をやっつける自信が自分にはありません!銃は携帯してますが…」 「ここに来ていまさら何を言ってるのです!捜索しなるべく先手を取るのです」 この事件は、新聞各紙にも行き渡っていた。真田の家を出ると、ストロボが反射する。 「何か新しい発見はありましたか?」 「犯人の動機は?」 新聞屋を半ば跳ねのけ、探偵と警官3人は車に乗って署へと戻った。 14 17;35分――――――― 春日井が署に到着すると、即、警官が探偵の元へ駆け寄った。 「護衛中の冴草知事が死亡しました!」 「何だって!?どうやったら殺せるんだ?」 「拳銃の弾を多数被弾しております」 「…確信した。これは単独犯じゃない。2名、いや3名いるのかもしれない。何てことだ。今その遺体はどこに?」 「死体を解剖中であります!」 「何故勝手にそんな所にいるんだ!現場の遺体を見たかったのに…こりゃ新聞屋の話題作りに貢献してるようなものですよ…全く」 そこへ警部補が春日井の方に駆けよって来た。 「ヒモのアライが住むマンションを確認できました。やはり首だけで血抜きされています。手紙はアライが噛むように挟んであったとのこと。死亡推定時刻が2週間以上経っており、腐敗しております。」 「くそっ…何てことだ」 地図を出し、アライの首切り現場に赤鉛筆で丸をする。 「やはりこっちの直線に直線が移動しています。この線に沿って捜査してください。あと手紙の内容をFAXしてくれるようおねがいしてもいいですか」 「了解しました!」 別の警官が春日井に言った。 「アライは特集社という所に投稿しているもようで…」 「投稿先なんてどうでもよろしい!どこに投稿してようが」 警察官は、そそくさと去った。 そこへ入り口のドアから、佐々警部が姿を現した。 「やあ探偵さん、無理やり退院してきましたぞ!」 「どうもです。平気なんですか?」 片腕に白い布で巻かれていると言われたが、服を着ている為一見して分からなかった。 「新聞は毎日読んでましたがね、どうです?捜査の方は」 春日井はあれからの経緯を詳細に話した。 「そんな事になってたのか…。」 佐々は春日井に耳元でささやいた。 「犯人の1人は警察の誰かですぞ!証拠品の武器庫があるから、そこから選び放題」 警官が1枚のファックスを持ってやってきた。 「手紙のファックスが届きました!」 「どれどれ…こりゃひどい。文字が(にじ)んで読むのに苦労するFAXですね」 「アライ ヒモノクセ二 シャッキン シテイルダロウ  カネヲダシタ ミタユウホ ヲ 3ニチイナイ二 コロセ  コロセナイト、マンガヲ カケナクシテヤル」 春日井と警部はゴクリと喉を鳴らした。 「ブラックな貸金としか考えられませんな」 「何しろニートですからねぇ」 「事務所に突っ込みにいきますか」 「ですね。その前にコーヒーだけ飲みませんか」 「そんな悠長な事言っていいんですか」 「このミタ ユウホはとっくに死んでる可能性が高いからです」 「というと?」 髪をかきむしりながら探偵は言った。 「考えても見てください、漫画家志望のアライでさえ死後2週間以上経ってるんですよ。もうこの女性は首だけの姿になっているでしょう」 できたコーヒーを飲みながら、 「もちろん現場自宅には行きますけどね」 そういうと警部もコーヒーに口をつけた。 15 警部佐々と探偵春日井はミタ ユウホの自宅を働いてる事務所から住所を聞いてやってきていた。けっこう洒落たマンションである。 ドアの鍵を開錠し、中に入ると同時に腐敗臭がした。思わずハンカチで口を覆う。 TVの上に首はあった。目は落窪んでおり、死後1か月ほどに見えた。 血抜きがしており、血痕はなかった。例によって浴室は血まみれだった。 警部が叫んだ。 「早く手紙を探すんだ!」 「手紙はありませんよ」 「何ですって?」 春日井はハンカチを鼻見放さず、言った。 「おそらくこれが犯人にとって最初の殺人だろうという事ですよ」 そう言って地図に、首のある場所を赤鉛筆で書き足した。 「ほら見てください。こっち側の直線にぴったりハマっているでしょう」 「直線が2本…そして交差する部分に知事がいると…」 警官が報告に小走りで来た。 「三田祐穂の詳細が割れました。ブラックの貸金業で働いており、取引自体は少ない為、ヒモの新井良純と前田清介に金を貸している事がデータベース書類で分かりました!」 「前田…誰なんですか、それ」 「はい!こちらも面が割れています!最初の首がそうです」 春日井はコーヒーに口をやるのを中断した。 「前田について他の情報は何かあるかい?」 「はい!前田には弟がおりまして、兄と一緒に暮らしていたそうです」 春日井探偵は悪だくみをするかのごとく、笑顔でうなづいた。 「見えてきましたよ…やっと見えてきました…ふふ。前田家をこの最初の直線状から捜索してください。最低でも40人くらいでやって下さい。この直線上にあるのはまちがいないですから」 「了解した。」 警部はレシーバーで指示している。 前田清介の一斉自宅捜索が始まった。 16 直線にある前田家の家は、1日かかった。しかし見つけただけでも儲けものであった。前田家の各所を取り囲んでいるのは警官40名。新聞記者が20数名ドアを囲んでいた。 警部と春日井は恐る恐るチャイムを鳴らす。 長い時間に思えた。そこへドアを開ける大柄の男。 「何だ?」 「何だじゃない。ガサ状だ。40名を周囲に配置している。おとなしくするんだ」 一気に写真屋のストロボがまぶしく連鎖する。 大柄の男はあっさり、 「入れ」 とだるそうに言ってきた。予想だと暴れまわるものとばかり思っていたので幾分拍子抜けしたが、おとなしく中へ入る。 春日井はどうにも具合の悪さを隠して言った。 「新聞でも出てる今回の首切り事件、犯人はあなたですね?」 大柄の男はテキーラを飲みながらタバコをふかしている。 「まあ、おおまかはそうだ」 警部は気になり口をはさむ。 「おおまかに、とは?」 「例えば、そうだな知事なんかは違う」 春日井は感情的にならないように慎重に言った。 「ああ、あれは警部補の仕業ですよ」 「何!?」 警部は即座にレシーバーで警部補を連れてくるよう伝言した。春日井は再び大柄な男に話しかける。 「最初の殺人は、貸金をやってた三田祐穂ですよね?」 前田弟はタバコを吐き出してから、 「もう何人殺したのか、分からねぇが、多分そうだろう。警察だってもう気づいているはずだろ?」 「そうですか」 春日井は髪をかきあげながら、言葉を重く伝える。 「一番謎なのは、この2直線です。これが一体何が関係してるんで?」 「…探偵かあんたは?まあいいが、ダウジングって知ってるか?」 警部がこれみよがしに喋り出す。 「クの字型になっていて、それを両手を使って左右されるんですよ。それで両方の先がくっ付いた時、その地下には何かある…というファンタジーですが」 「そうか!それで直線がくっついてる絵柄にしているわけだ!」 前田弟は語気を荒げて言った。 「今回の計画は全て兄貴がお膳立てしたものという事を忘れるな!?兄貴は元ジャーナリストだったんだぞ」 なるほど、それでいろんな情報を知ってるわけだ。 春日井は1つ1つマークシートを潰す感覚で弟に訊ねた。 「2回目はヒモの新井をやったんですよね?」 「あいつはヒモの癖に借金をして、毎日酒浸りだったということでカルマが高い、と兄貴は言っていた。」 春日井は地図を確認しながらゆっくりと喋り出す。 「その次は…不正を隠していた知事の秘書、冴草ですね?」 「覚えてねぇが…まあそうなんじゃないのか?最近やたら物覚えが悪い」 と、そこで警部補が到着した。完全に理性を失っていた。 「私?私のどこにそんな悪い点がありますか?私は警部の元について、命にかえても良い結果をいままで出してきた!」 春日井はジト目で警部補を見た。 「その一方で、警部が目の上のたんこぶだったんじゃありませんか?」 「ナッ…そういった感情論は嫌いだ!」 「貴方は相当の腕利きだったと聞いています。でもお気づきでしたか?武器証拠倉庫には防犯カメラがついていたのを」 「!!」 警部補榊原は日時を落とした。 「ガサ状もありますが、どんな理由で協力したのかを教えてもらますよね…」 「…ガッ!!」 榊原は言葉にできないでいたが、しばらく経つと言葉を開いた。 「前金で100万貰ったらどうするよ…普通なら取るだろうが!ちくしょーーーーッつ!!!」 榊原の両手に冷たい手錠がはめられた。そして猫背でパトカーに消えていった。 おほんと席をして、再び席につくと弟の方にまた質問をした。 「それから不正を隠していた真田正美、これもあなたですね?」 「あぁそいつは覚えてるよ」 弟はテキーラの瓶をゴミ箱付近に投げ捨て、ビールを取り出した。 「真田は女のクセに腕っぷしがあったからな。完全に油断してた。血が散乱したし、ちょこま動き回るし思い出したくもねぇ…」 「お前らもビールどうだ?」 「いや結構」 「私も結構」 2人は申し出を拒否した。 「そう固くなるなよ。そうなるのは分かるが…何度もいうがこれは兄の完璧なダウジング・リレーなんだからな」 「つづいて関 志摩のダブル不倫ですが…」 弟が初めて牙を向いた。 「兄は不倫が最も忌むべき行為だ。ダブル不倫で金稼いでいるやつなんて最悪だ。これは『てんちゅう』なんだ。わかるか?」 「ふむ…」 春日井は続けた。 「銀行の不正行為をしたいた麻子も同じ感情ですか?」 「兄は金を借りに行ったが断られた。そんな中、凍結口座から金をうばっていた。兄の憎しみは計り知れない」 春日井は深呼吸した。 「1番の謎なんですが、最後になぜ兄の首を切り落としたんです?どうもそこが納得いかないのです」 「ここまで来たら、吐いちまえ」 弟はビールを半分飲み、新しいタバコに火をつけた。 「兄は言っていた。このダウジング・リレーは私が死ぬことで完成される。結局成功したがな。なぜ死ななきゃならないのか、と何度も聞いたさ」 「でも約束は守るように言われたから、そうしたまでさ」 「どうして前田兄が死なないと完成されないんでしょう」 「さぁ。おれは全く理解できなかったし、兄の首を切って嘔吐(おうと)したさ。でも洗面台で血を抜き、できるだけキレイな姿で杭に突き刺したさ」 春日井は言った。 「やっぱりビールをもらおう」 春日井自身が冷蔵庫を開け、ビールをとりだした時である。冷蔵庫の中に肉がたくさんおいてあった。手ものぞいている。 ひゃっ!と思わず後ろに下がってしまった。 「人間の肉は正直美味いぜ。鳥のささみみたいな味がある。食ってみるか?」 この男、完全にサイコパスである。 警部はあえて見なかった。そして続けた。 「発見するのが1番遅い順番に殺しておいて、最後に兄貴をやったと言う事で間違いないか」 「……まぁな。でも手紙にのっとって殺したヤツもいたんだぜ。人間ほ実にカルマの高い野郎ばっかだぜ。そう思うだろ?もしあんたにも絶対守らなきゃいけない秘密ができたら…警察も知事も不正をしてるんだ。兄貴はそれを国民にしらしめようとしたのかもしれないな」 「手紙の字が読みづらい件はどういうことですか?」 「ふっるいプリンタがあるのよ。」そこで出力して、コピーを繰り返すと見ずらいんだ。見るかい」 「よろしければ」 春日井が奥へ消えた瞬間である。鉄の棒の先に正方形のコンクートがついてる物を取り出して、春日井探偵の腹へ1発振り回した。 「おれの快楽は殺しだけなんだよひゃはっ」 ダメージを受けた春日井は腹を抱えながら、元の部屋にもどってきた春日井に対して、今度は上から振り落とそうとしてらしい。 弟も顔を見せたその時で 「パンパンパンパンパン!」 銃声が何発も発射される。警部の銃口に煙があがっている。ガンバウダーの匂いがする。 大柄な弟はそのまま前のめりにずっしりと倒れた。 「肩をやられたお返しだ!」 春日井は言った。 「いやぁ~これは正当防衛にあたりますねぇ」 「このサイコパスが!!」 警察が死体袋に犯人を運ぶさい、重すぎて4人で何とか入れる。チャックをしめ、これまた4人で護送者に入れて運んだ。 春日井は帽子を掻きむしり言った。 「警部は、いままでこのような珍妙な事件にあったことはありましたか」 「無い。ただでさえ宮城県の国民層そういう事件をまず犯さない」 自動販売機でコーヒーを頼みながら新聞を見ている。 「首切り犯ついについに逮捕さる」 「銃を何度も撃ち続けた模様」 警部は言った。 「どんな大物が相手でも、発砲したら始末書かかなきゃいけなくて…まいったもんですよ全く。」 ああそうだといういつもの眉間にチョップしながら、 「はい、ギャラです」 「かたじけない」 「また何かあればはせ参じますので、いつでも連絡はほしいです」 「もちろん春日井さんを選びますよ」 新幹線の中で、 「捕まった巨大な犯人ですが、解剖によるとお腹に手紙が入っていたとのとこ…」 春日井探偵は見なかった事にした。ただでさえ混迷深い時間である。自分はではもうこれ以上は考えられない。まあ他の探偵にやらせればいい。主人公はそのまま東京まで眠って過ごすのだった。 了
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