私の職場

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“その仕事って面白いんですか?” 決まって顰められる眉。 言外に伝わる真意、それは“私はやりたくないけど”…だろうな。 別に構いやしない。 誰かの理解を得たくて続けているわけじゃない。 ただ言えるのは、これは私にしか出来ない、と言うことだけだ。 「ターゲット確認。…開始します。」 「了解、健闘を祈る。」 毎度繰り返される中身の伴わないやり取り。 もはや何の感情も沸かない。 私はゆっくりと身を屈めると、手元の時計に視線を落とした。 チッチッチ…と、健気に動き回る秒針を見つめ、その時を待つ。 5秒前、4、3、2、1 「あ、すみません。」 身体に伝わる衝撃。 軽く見開かれたターゲットの眼。 「…いえいえ、構いませんよ。おや、靴紐が解けていますね。」 「あ!本当だ。」 ブツブツと呟きながら屈みこんだ頭頂部を見下ろし、私は殊更ゆっくりと立ち上がった 「任務完了。」 地獄庁。 そこは、毎日多くの人間を割り振る地獄きっての花形。 時代の流れに伴い、その管理体制は昔とは比べものにならない程進化を遂げた。 しかし、穴という奴はどこにでも存在しているらしい。 この所、間違って送り込まれる人間が多発しているのだ。 そこで試験的に導入された一課があった。 その名も死離拭課、私の職場だ。 仕事内容はその名の通り、間違って送り込まれた人間を救出する“シリヌグイ”である。 先程の男を例に取ろう。 彼は、本来ならばあと10年は現世に留まるはずだった。 ところが、どういうわけか本日の死亡者リストに名が乗っていたのだという。 そこで死離拭課の出番と言うわけだ。 ターゲットの進路を先回りし、死亡原因から遠ざける。 彼の場合、私が止めなければ暴走したトラックと接触するところだった。 …こうしてせっせと“シリヌグイ”しているわけだが、言ってみれば地味な仕事だ。 “その仕事って面白いんですか?” そう、尋ねたがる気持ちも分かる。 しかし、こう考えたらどうだろうか? 目の前の人間を生かすも殺すも私次第、とね。 もちろん、彼ら人間の記憶に私の存在が残ることはない。 だから…もしかしたら君達の中にも、体験をしている人がいるかもしれない。 または、その内出会うかもしれない。 その時はどうぞよろしく。
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