ある羇旅。その二

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「それじゃあ行ってくるわね」 「ああ」 夫は振り向きもせず、テレビの録画を見ている。 「今日もそうやって一日、寝転がって過ごすの?」 「何もしないでいられるってのが最高の贅沢なんだよ」 「そう」 私は呼んでいたタクシーに乗り込んだ。 若いうちは一生懸命考えたわ。 どうやったらあなたと楽しいデートができるのか。 どうやったら私の好きな番組をリアルタイムで見せてもらえるのか。 どうやったらあなたと楽しい毎日を過ごせるのか。 どうやったら、あなたとの生活を苦しいと思わなくなるのか‥‥‥ 定年してからいったい何年経ちましたか? あなたはもう、何も知ろうとしないのね。 「俺が養ってやらなかったら、おまえただのホームレスだよな」 相変わらずテレビを見ながらいつの日のことだったか。 あなたが何を思って言ったのかは知らない。 でもあの時、私の心は決まったの。 あなたのお嫁さんになってから、私の中に。 今まで一度も持ったことのなかった、ある感情が芽生え始めていたこと。 私はあの時認めたの。 「では、お乗りになるのは奥様一名と、お子様お二人ですね?」 「ええ。主人はもう、何年も前に亡くなりましたの」 私の言葉に、今ではすっかり大人になった子供達が、迷うこともなく頷いたわ。 それがどういうことかわかる? 「あれ? なんだ壊れちまったのか? くっそうっ!」 男はリモコンを投げつけた。 「おいっ! ああ、あいつ出かけてんのかまったく。ん? な、なんだ⁉」 窓が震え、壁が揺れる。 「じ、地震!」  何だかすごい音がする。 男は布団をかぶったまま玄関を開けた。 「ええ――っ?」 晴れ渡った空に、巨大な宇宙船が何隻も浮かんでいる。 「ま、まさか出発って‥‥‥今日? だったのか⁉」 男の頭から血の気が引いていく。 「や、そんなはずないよ‥‥‥な?」 周りを見てみれば、自分のような男達がけっこう外に出てきている。 とりあえず鍵を閉め、居間に戻った。 「ニュ、ニュ―スニュース」 テレビが映り、とても優しいメッセージが流れた。 『さようなら。生まれ育ったこの星と、運命を共にすることを選ばれた、愛に溢れる皆様へ‥‥‥』
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