信頼

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信頼

 なにかと私を見下そうとしたり、貶めようとしてもうまくいかず、ついに財布の中に入っていた現金に手をつけた同僚が、防犯カメラの映像で悪事がバレてしまい、会社を辞めることになった。  マウント趣味って、元々わかっていたけれどタチが悪いよねと騒ぎの後に手のひら返して私を擁護してきた周囲も、白々しいので無視していると「感じ悪い、せっかく話しかけてあげたのに」と不満顔。そんなこと、私は少しも望んでいないし、求めてもいない。  帰宅したあと、顛末を母に報告すると「ああ、どうりて実家で騒ぎがあったわけだわ」と納得した顔を見せた。  母の話によれば、郷里ではみな家の庭へ祠をたててお稲荷さんを祀っている。早朝、祖母が(私にとっては曽祖母)がお供えしている米と水を取り替えようとしたところ、ぎょっと目を剥いた。  両側にいる狐の置物、その足元に頭を潰された蛇が一匹ずつ、計二匹がぐんにゃりと血まみれになって引っかかっていたのである。  お稲荷さんの口元には、赤黒いものがこびりついていたそうで、祖母は慌てて地元の神主を呼んで、状態を見てもらった。  すると、神主はこう答えたという。  邪な念が来た故、お稲荷さまが退治なされたようです。念を、呪をかけた者へ倍になり戻るでしょう。こちらで祈祷と感謝の祝詞を捧げます故、どうがご心配なさらず。今日は稲荷寿司や野菜の炊き合わせ、おいしいお酒などを供えてくださいませ。  そういえば、あの同僚は眼帯をして、だるそうにふらふらとしながらデスクやロッカーを片付けていた気がする。目が合うと睨まれたけれど、なんだか妙に、ねばっこい、嫌な光を湛えていた。 「日本橋かどっかの有名なお寿司屋さんで、稲荷寿司おいしいところあるか調べてみようか」と言ったところ、母は苦笑して「それがねえ」と切り出す。 「うちのお稲荷さん、おばあちゃんの作った稲荷寿司じゃないと食べないんですって」  なるほど、と私は長年築きあげてきた曽祖母へ対するお稲荷さんの信頼を納得して受け入れた。  あの子、私のロッカーにICレコーダーまで仕掛けていたぐらいだから、本当ならそこまで執着する理由はなんだったのか確かめたいところだけれども、今はもう遅い。  辞めた日、会社を出て行った帰り道から行方がわからないらしく、両親から目撃情報があれば提供してほしいとう連絡をいただいたからだ。 「昔から言うでしょ、人を呪わばなんとやらって。あまり気にしない方がいいわよ、お風呂入ってゆっくりしなさい」  考え込みそうになった私を察して、母が声をかけた。  とりあえず、いい日本酒を探して曽祖母宛に送ろう。  きっと稲荷寿司をつまみに、美味しく呑んでくれるだろうから。
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