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人通りのない道にポツンと建つ公衆電話ボックスに入ると、俺は受話器を取り上げた。そして公衆電話の赤い緊急通報ボタンを押し、一一〇番にダイヤルする。
──プルルルル。
呼び出し音が鳴る中、あたりに人がいないか改めて確認した。人気のない場所と時間帯を選んだつもりだが、大丈夫だろうか。
これから通報する内容が内容なので、俺が電話したと警察にバレたくない。
『事故ですか? 事件ですか? どうなさいましたか?』
受話器越しに聞こえた女性の質問に、俺はゆっくり答える。
「人が死んでます」
『死体を発見したんですね? 住所はどこですか?』
「場所は東京都○○区△△町の××です」
『直ちに向かいます。死体はどのような状態でしょうか?』
「わかりません」
『損傷が激しいということでしょうか?』
「死体を見てないんです」
『……えっと、発見したんですよね?』
「はい。でも、見てないんです」
『いたずら電話なら──』
「いたずら電話に思うかもしれないけど、今言った家の中に死体があるんです! 本当です! 彼をこれ以上、一人ぼっちにしたくない。お願いします!」
『……あなたのお名前は』
その問いが出た瞬間、俺は受話器を戻し、ズルズルとその場に座り込んだ。
これで数回目だが、警察への通報はとても緊張するし、慣れるものではない。
まぁ、俺の場合いたずら電話みたいな内容だったのもあるだろうが……背中は冷や汗でびっしょりと濡れてしまって、気持ち悪い。
「あんたの望み通り、警察に通報したからな」
俺は頭上を飛ぶ二匹の蝶のうちの一匹に、そう告げた。
その蝶たちは黒い四枚の羽を持ち、見た目はアゲハ蝶に似ている。だが闇夜の中でも、仄かに発光する姿は普通の蝶ではなかった。
──この蝶は人の魂。俺には人の魂が、蝶の形に見える。
どうしてこうなったのかわからないが、半年前の二五の夏に起きた事件から俺の世界は一変した。
最初は幻覚だと思ったが、俺が見えることに気づいた彼らは必死に「自分たちを見つけて欲しい」と訴えるようになった。彼らが言う場所に向かうと、確かに死体があって……それからは、こうして密かに通報することを繰り返している。
望みが叶ったことに満足したのか、片方の蝶はようやく俺から離れて飛んで行った。それに安堵していると、突然背後の扉が開く。
後ろを向くと、喪服の黒いスーツを着た四〇代ほどの男性が立っていた。
「──へぇ、君も見えるのか」
「だ、誰ですか」
「そんなに警戒しないでくれ……って、難しいな。私はこういう者だ」
男性はケースから、名刺を一枚取り出すと俺に手渡した。そこには、「一条セレモニー 社長 一条仁」と書かれている。
「『セレモニー』……葬儀屋さんですか?」
「そうだ。そして、私は君と同じ──『極楽蝶』が見える」
一条は俺の肩に留まっている蝶を、指差して言った。
「ほ、本当に? 俺だけじゃない? この蝶……『極楽蝶』って一体、何なんですか!?」
「落ち着いて。私も自分以外で見える人は初めてなんだ……もしよかったら、家に来ないか。色々と教えてやる」
そして座り込んだままの俺に、一条は手を差し出した。俺がその手を取ると強い力で引かれ、立ち上がらされる。
「君、名前は?」
「みかげ、御影琉斗です」
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