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肩に蝶を乗せ、大事なバッグを抱えた俺は夜道を歩きつつ、一条から話を聞く。
「御影君は知ってるかな。『人は二度死ぬ』って言葉」
「肉体的に死んだ時と、人から忘れられた時……でしたっけ?」
「その通り。でも私はね、その間にもう一つの死があると思っているんだ」
「もう一つの死?」
「それは『認識上の死』だ。例えばだが、知り合いが肉体的に死んでから、その訃報を君が受け取るまでタイムラグがあるだろう? つまり、その間まで認識上では死んでいないで、まだ生きていることになる」
「訃報を受けて、その人は初めて死んだことになるってことですか?」
「理解が早くて助かるよ……そして蝶たちは、人々に『死んだ』と認識してもらいたがっている。そうじゃないと皆が『生きている』と思ってるせいで、この世に縛られて成仏できないからだ」
「だから、ずっと俺に付きまとってたのか」
「見える存在は貴重だからね……着いたよ」
辿り着いたのは二階建ての建物だ。一階には「一条セレモニー」とあるので、ここが会社なのだろう。
「一階はお客様の対応や社員が働く事務所で……二階は私の居住階なんだ。もう夜で閉まってるから、上で話そう」
一条の家に上げてもらい、温かいお茶をいただく。一口飲むと緑茶が体に染み渡り、ホッと肩の力を抜くことができた。
「さて、『極楽蝶』について説明しよう……って言っても、この名前は私が勝手につけた。この蝶は黒アゲハに似ているだろう? 黒アゲハのことを中部地方では、『極楽蝶』と呼ぶから採用したんだ」
「でも、何で『極楽蝶』って呼ぶんですか?」
「一説じゃあ戦国時代、死体の上を舞う蝶が人の魂に見えたらしい。その当時にも私たちのような存在がいたのかもしれないね……見えるようになったのは、いつから?」
「半年前からです」
「その時に死にかけなかった?」
その言葉に俺は長袖から覗く手の甲の火傷──他は服で見えないが、右上半身全体にある──が疼いた気がしたので、そっと隠した。
「……確かに火事に遭って、一度心臓が止まったって」
「私は一五年前からだが、自分もその時に死にかけたんだ。これは憶測だが……私たちは死者の世界に片足突っ込んだことで、蝶が見えるようになったのかもしれない」
「一五年前から? じゃあ、死ぬまでずっと見え続けるってことですか?」
「多分」
「……そんな」
「最初はこの力に振り回されて、戸惑うだろうが……少しずつ学んでいけばいい。今仕事は、何をしてる?」
「恥ずかしい話ですが、火事で家を失って入院中に……職も」
「じゃあ、住所不定の無職状態?」
「はい」
「なら、ここで働かないか? お金が貯まるまでは、住み込みでいいから」
「いいんですか?」
「ちょうど人手不足だったし、昔の自分を見ているようで放っておけないんだ。それにここで働いた方が、力についても学びやすい……ずっと肩にいるその蝶についても、ね」
「あ、ありがとうございます!」
一条から宛てがわれたのは、ベッドと小さなクローゼットが備え付けられたゲストルームだった。
「ここ好きに使っていいよ。じゃあ明日から、よろしくね」
「こちらこそ、本当に色々と……よろしくお願いします」
「おやすみ」
そう言い、一条はパタンとドアを閉める。
俺はバッグの中から命よりも大切な骨壺が入った箱──「骨箱」を取り出した。中の遺骨は、半年前の火事で亡くなった妹の茉莉のものだ。肩の蝶が、ひらひらと舞って骨箱に留まる。
「──待ってろよ。兄ちゃんが必ず成仏させてやるからな」
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