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翌日、一条から借りたスーツを着て、他の社員の方たちへ挨拶をする。手の火傷は、手袋で隠した。
「御影琉斗です! よろしくお願いいたします!」
皆、時季外れの入社にも関わらず優しく受け入れてくれたが、俺は葬儀に関しては素人だ。周りに教わり、叱咤されながら必死に働く日々。
「一条セレモニー」は全国に展開する大手企業という訳ではなく、地域密着型で一条の家族が代々経営してきた会社だ。事務所で葬儀のプランを客と決め、市の公営斎場で葬儀を行う。
働いて一週間経った頃、一条に連れられて斎場での葬儀を手伝うことになった。
「今日は、御影君にも関係あることだからね」
と、言っていたが、どういうことだろうか。
斎場の一室で葬儀が始まり、焼香をする参列客を一条と共に部屋の後ろで見守る。すると、一匹の極楽蝶が壁をすり抜けて入ってきた。
「……あの蝶は」
見覚えがある。一条と出会った日、俺が警察に通報したことによって離れて行った蝶だ。一条が小声で、俺に告げる。
「警察が孤独死しているのを発見したんだ。今日はその篠原様の葬儀……これも全部、君が通報したおかげだよ」
「でも死を認識してもらったのに、まだ成仏できないんですか?」
妹である茉莉も、俺がその死を認識しているのに成仏できないのだ。今日も相変わらず俺の周りを飛んでいるか、肩に留まっている。
「『認識の死』はスタート地点に立ったに過ぎない。成仏にはもう必要なことがあって……まぁ、見ててよ」
極楽蝶は最前列ですすり泣く親族の元へ飛んでいき、そして──。
「……え」
泣いている人の目元に留まり、涙を花の蜜のように吸ったのだ。戸惑う俺に、一条が補足する。
「『吸水行動』って言って、実際の蝶も動物の涙や汗を飲むんだ。飲むのは、塩分があるかららしいけど」
「でも魂である極楽蝶が、何で」
「これが成仏するための、もう一つの条件。あの蝶々たちが吸うのは、自分を悼んで泣く人の涙に含まれる『悲しみ』を摂取するためだ」
「……意味がよく分からないのですが」
「天国への旅路は長いからね。途中で力尽きないように、極楽蝶は悲しみで栄養補給してから旅立つんだよ……そして参列者はそれによって悲しみに暮れず、死者との楽しい思い出を振り返えることができるようになる」
一条は次々に泣いている人の涙を吸う蝶を、見つめて言う。
「残された人たちが前に進む区切り、死者の魂が天に昇るためにも葬式を行うのは大切なことなんだ。この力に目覚めてからそう気づいて、さらにやりがいを感じているよ」
吸い終えた蝶がこちらに向かってくる。そして俺の周りを旋回した後、天に向かって飛び上がっていった。
《──ありがとう》
天井をすり抜ける前、蝶の篠原の声が聞こえた。
「どういたしまして」
「感謝の言葉でも聞こえたかい? 君は私と違って『耳』がいいんだね。だから、死体の場所を知ることができたのか」
「え? 一条さんには聞こえないんですか?」
「聞こえないけど、代わりに『目』がいい。蝶を注視すれば、生前の姿を見ることができる……肩にいるのは、妹さんかな? 目元がそっくりだ」
一条は俺の肩にいる極楽蝶を、ジッと見て言った。
「御影君は妹さんの葬儀で、泣けなかったんじゃないか? 加えて死を認識しているけど、心ではその死を否定しているだろう」
「確かに泣いてはいませんけど、否定だなんて」
「よく妹さんを見てごらん。その虫カゴは君でも見えるはずだ」
「『虫カゴ』?」
俺は肩から飛び立った妹の魂を、目を凝らして見る。すると飛んでいる蝶の向こうに、格子状の檻が見えた。それは俺と茉莉を囲うようにある。
俺は触れることができないが、茉莉には効果があるらしく檻の外には出れないようだった。
「……なんだ、これ」
「その虫カゴを作っているのは、御影君自身だよ。君が妹の死を否定しているから、魂がこの世に縛り付けられて成仏できない──彼女は『念縛霊』だ」
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