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両親は五年前の俺が二〇歳の時に交通事故で亡くなり、親戚もいない自分にとって妹の茉莉が最後の家族だった。そして俺は両親の遺影の前で誓ったのだ。
──「必ず茉莉は幸せにする」、と。
七歳年下で当時中学生だった妹を養うために、俺は大学を中退して働き始めた。高卒の俺が生活費に妹の学費を稼ぐのは大変だったが、投げ出そうとは思わなかった。大切な家族のためなら、苦じゃなかったから。
「私、高校卒業したら働く」
半年前、いきなり茉莉が高校から帰ってくると、そう告げた。
「何言ってるんだ。大学に行くんだろ?」
「いいの。これ以上、お兄ちゃんの負担になりたくないから」
「負担なんて、茉莉のためなら──」
「その、いつも言う『私のため』が嫌なの! まるで私のせいで、頑張らなきゃいけないって言ってるみたいじゃない!」
「……そんなこと」
「だから私も働くから、お兄ちゃんもやりたいことを──」
「お前のやりたいことは、どうなるだよ……俺のためだって言うなら、俺ができなかったことを代わりにやってくれよ!!」
図星だった。「家族のためなら、苦にならない」なんて、嘘だ。
遺影の前での約束はもちろん本心だったが、突然両親に死なれて将来の夢のために入った大学を辞めることになり……綺麗に踏ん切りがついたわけではなかった。
だから夢を諦めたのも、恋人も作らず遊ばないことも、「これも全部茉莉のため」だと自分を誤魔化して、頑張ってきたのに!
思わず本音を言ってしまった後、俺は茉莉の顔を見ることができなかった。
「……夜勤に行ってくる。続きは明日話そう」
逃げるように家を出て、仕事から帰ると二階建てのアパートは火の海に包まれていた。
火事の原因は、痴話喧嘩による放火。一階に住む女が逆上し、可燃性の液体を撒いて火を点けたのだ。家賃が安いような古いアパートが燃えるのは、あっという間だった。
──二階の俺たちの家は? 燃えてるなら、茉莉は? 嘘だ。俺は、父さんと母さんに、誓ったんだ。
消防士の制止を振り切って、燃え盛る家に飛び込んで……大火傷を負った俺は病院に搬送され、二ヶ月の間意識不明だった。目を覚ました俺に残されたのは小さな骨壺と、蝶の形をした茉莉の魂だけ。
「じゃあ、御影君は茉莉さんの葬儀に参加していないんだ」
「俺が意識不明だったから、代わりに自治体がやってくれて」
篠原の葬儀の帰り。一条が運転する車の中で、俺は今までの経緯を話した。
そして家も焼失したこともあり、生きる気力をなくした俺は妹の骨壺を抱えて幽鬼のように当てもなくさまよっていた……一条に出会うまでは。
「俺はどうしたら、いいんですか? もう、葬儀は終わってますし」
「いや、まだ終わってないよ……本当は、君もわかっているだろう?」
──嫌だ。言わないでくれ。
「納骨式が残ってる。彼女を想うなら、そこで区切りをつけて前に進むべきだ」
「……」
「御影君?」
「……はい」
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