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週末、俺は茉莉の骨箱を抱えて一条とともに墓地にいた。ここには、両親が眠る「御影家」の墓がある。
「本日の納骨式を手伝ってもらう、正巌寺の清水君です!」
紹介されたのは、柔和な顔をした一条と同じくらいの歳のお坊さんだった。
「彼は友人で、私が極楽蝶を見えることも知ってるよ」
「そうなんですか」
「まぁ、私には蝶が見えないんだがね」
お坊さんだから霊感があるかと思ったが、そうでないらしい。
「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ。茉莉さんを弔ってあげましょう」
ここに来るのは久々なので、両親の墓は少し汚れていた。一条とともに墓を綺麗にした後、清水が読経する。
俺は、ちゃんと茉莉を解放することができるのだろうか?
そんなことを考えているうちに、納骨に移った。骨壺を収める墓の蓋部分(フロート)が開けられる。ここには両親が既に眠っているはずだが、俺には奈落のような恐ろしい闇に見えた。
暗闇を見つめ動けずにいる俺に、一条が声をかける。
「さぁ、御影君」
「……嫌だ」
「え?」
「嫌だ嫌だ! こんな暗いところに、茉莉を入れるなんて──独りぼっちにするなんて!」
情けないが、俺は子供のように喚いた。
骨壺を抱きしめるのと同時に、俺と茉莉を囲う虫カゴがさらに狭まった気がした。
そうだ、茉莉を守るんだ! 俺はそう誓ったんだ!
「──御影君!」
一条に肩を掴まれ、揺さぶられる。
「しっかりしろ! 茉莉さんは死んでるんだ!」
「違う! 今も茉莉はここにいる!」
「あぁ、魂でな! 念縛霊の最後がどんなものか教えてあげようか! 御影君が死んだ後も、彼女はこの世に縛り付けられる。君の思いが残留思念となって、ずっと虫カゴを作り続けるからだ!」
「……え」
「念縛霊となったら、他の人が悼んで泣いても成仏できない。この世に縛り付けている君しか、彼女を成仏させてあげられないんだ!」
「俺に、しか?」
「そうだ。今解放しなきゃ、茉莉さんは君が死んだ後もこの世をさまよって、本当に一人になる! 茉莉さんと向き会うんだ……御影君なら、彼女の言葉も聞こえるだろう?」
俺は今にも狭い虫カゴに、潰されそうになっている蝶の茉莉を見た。
そういえば、他の極楽蝶の言葉は聞こえるのに、茉莉の声はずっと聞こえなかった。
《──お兄ちゃん》
茉莉の声が聞こえる。
……そうだ、聞こえなかったんじゃない。俺が聞こうとしなかったんだ。
「……茉莉」
《お兄ちゃん。ごめんなさい》
「何で謝るんだ。謝るのは兄ちゃんの方だろ」
守ることも出来ず、幸せに出来なかった茉莉の恨み言を聞くのが怖くて……ずっと、耳を塞いでいた。そのくせに離れられるのが嫌で、この世に縛り付けて。
《お兄ちゃんに幸せになってほしかっただけなのに。死んじゃって、ごめんなさい。苦しめて、ごめんなさい……酷いこと言って、ごめんなさい》
聞く耳を持たない俺に対して、それでも妹はずっと謝っていたのだろうか。だとしたら、俺は……。
「最低じゃないか……ごめん、茉莉。何もできなくて、ごめん」
《お兄ちゃん》
「もう、俺にできることは茉莉を解放することだけなんだ。い、今、送り出してやるから」
俺は意を決して茉莉の骨壺を、墓の中に入れようとした。でも、手が震えて上手くいかない。
俺にはできないのか。妹を幸せにすることも、送り出すことも。
すると、火傷を負った俺の手にそっと触れる手があった。最初は一条かと思ったが、添えられているのは女性の手だ。
「茉莉?」
一条のように生前の姿を見ることができないはずなのに、顔を上げると俺に微笑みかける茉莉の姿が見えた。二人で納骨を終えると、彼女は言った。
《何もできてなくなんてない。お兄ちゃんのおかげで、私幸せだったもん》
その言葉を聞いて俺は彼女の死後、初めて泣いた。ポロポロと止まることを知らない涙を、蝶の姿に戻った茉莉が吸っていく。
短い人生だったが、俺は両親に約束したように茉莉を幸せにできたのか?
そして蓋を閉じて再び清水が読経を始めると、虫カゴが無くなり自由となった茉莉は、天高く昇って行く。
「──い」
思わず「いかないでくれ」と言いそうになったが、グッと堪える。そして涙と鼻水で酷い顔だろうが、俺は笑って言ったのだ。
「いってらっしゃい。父さんと母さんによろしくな」
《お兄ちゃんも元気でね。すぐ来たら、許さないから》
「うるせぇ。『来るのが遅い』って言うくらい生きてやるよ」
茉莉が見えなくなるまで、俺はずっと雲一つない空を見上げていた。
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