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花月物語
緊張する。
この張りつめた糸をわたらなきゃキモチの確認できないヒトの仕組みがはずかしい。
あー、そだねオレちゃんとヒトだね。
「花月」
「うん?」
ふたり腰をすえていたソファのサイドテーブルに、からのカップはホクサイの手で置かれた。
その腕がそのまま、となりに居た花月の肩を抱く。
触れる一瞬にちょっと震えた。
「ホクサイはさ、あのさ」
ホクサイは察した。
あ。
どんだけぽやんとしてても花月も女の子なんだ。
たくさん用意してあった言葉から、なるべくシンプルなのを選ぶ。
「これ」
「ん?」
「地球をあげるよ」
「え?」
手渡されたてのひらにちょこんと乗る白い箱。
メッセージカードを読んで花月は表情ほころばせて、包みをあけて、その輝きを光に透かして、ホクサイに背中をむけた。
「こう云うの、男の子に着けてもらいたかったんだ」
うなじ綺麗。
繊細なチェーンを首にとおし、金具をホクサイの指が留めた。
「ふふ」
花月のデコルテに、人造サファイアの青い玉が光ふくんできらきらした。
良い顔する。
さっきより。
どう? て、仕草で訊いてくる花月の目は青い玉に負けないほどきらきらしていて、ホクサイの心配した曇りなど微塵もなかった。
つまり。
機械のくせに気持ち悪い。
そう、思われたらヤダな、て、取り越し苦労だった。
「オレ、花月が好きだ」
「私も、ホクサイのこと好きだよ。機械なのにすごく綺麗な空気まとって、堂々としてる。差別されたらどうしよう? とか、もしかして考えたことないデショ?」
「もしかしてないや」
「はは」
ふたりは抱きしめあった。
それはちゃんと、十代男子女子のかわいらしいハグだった。
花月の体が感じたぬくもりもやわらかさも、ちゃんと命に満ちていた。
「それはさ、オレの種だと思ってよ。花月がかまわなければ、新しい何かのイザナギかイザナミかアダムかイヴになろう」
「そこまでの未来はわかんないけど、とりあえず今度の休みはうちに来て。家族、ホクサイのヒトとなりまではちゃんと知らないから」
私たち子供だしね。
まだまだね。
ヤタガラスに托卵されたらどんな新人類が誕生するかな?
ふたりの巣で。
ホクサイはあと何年生きるだろう?
花月もあとどのくらいヒトだろう?
愛、を。
どのくらいふたりがヒトだったとして、その愛は、実を結ぶのか?
人類史上初かもしれないヒトと機械の相思相愛。
なんて美しい布地。
素朴な布ひるがえす風は花とともに未来へむかう。
ホクサイと花月とを乗せて。
そう名付けられたヒトのかけらを、弥勒菩薩がおわす世界へはこぶ。
命の智慧の、完成のひとつとして。
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