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 春の風。  やわらかい。  のびのび、肌ざわりがダブルガーゼのタオルケットみたいに心地良い。  気温も良い。  日光も良い。  早緑が樹々の枝をみずみずしく飾り、花咲きみだれて桃源郷を思う辺りの景色。  改築したてで新築に似た香りに胸がすくような校舎の一角に、ひとりと一体は居た。  どちらもこの高等学校在学中の生徒、美澄(みすみ)花月(かげつ)牧島(まきしま)ホクサイ、だ。  ホクサイはアンドロイドだ。  最先端AI搭載の新人類だ。  不気味の谷を越えた、しかし、限りなくヒトに近いようで遠いような、不思議な容姿の少年型アンドロイドだ。  三体完成した試験体のうち、牧島エム博士が仕上げた“MH型”がこの高等学校へ投入された。  AI、アンドロイドとヒトはどう触れあうか?  の、実験だった。  ヒトが新しい命の権利を学ぶこと。  機械がヒトの心を学びよりよい方向へ進化すること。  技術者達の、そんな願いのこもった実験だった。  すきとおった桜色のジュースが、ストロから昇ってゆく。  花月の口もとだ。  花月は生身のニンゲンの少女だ。  いたって普通の女子高生。  あえて云うならちょっとオタクでちょっと腐ってる。  漫画が大好き。  漫画研究部に所属している。  ジャパンカルチャの一翼をになう漫画から日本を学習するのも悪くはなかろう、と、そんな意図もあって、ホクサイのパートナに選ばれた。  パートナと云っても難しいことはない。  ホクサイのそばになるべく居て、ヒトのことを花月なりに教えれば良い。  学習機能へのサポートだ。  選ばれたことを花月は喜んでいた。  AI?  アンドロイド?  そう云う科学大好きですよ!  人形使いだったら楽しいですね!  それに、パートナ役をまずは夏休みまで順調にこなしたら、一学期のいくらかの単位取得が免除になる。  大好きな先端技術とかかわれるうえそんな得点、乗らないわけがなかろう。  草薙水素みたいな花月のおかっぱが風にさらりゆれる。 「いー風だねェ、ホクサイ。どう? 風わかる?」 「ん。花月と同じように感じてるかわかんないけど、良い風だね」  学食のテラスに居たふたりは、目をとじ、地球のめぐみを感じた。  空の音。  ヒトの香り風の肌ざわり。  春のひとつの日。  授業中の学校のささやき。  硝子コップの中、氷の溶ける音で目をあける。  すぐそこでも遠い空でも、世界がとてもまぶしかった。  ホクサイの電脳に、なにかしらの景色が走る。  ヒトの想いのかけらだった。
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