リーザに捧ぐ

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「あなたは、絵描き屋さんなの?」  腰を降ろした広場の噴水前。  束ねたクロッキー用紙を膝に抱えて天色(あまいろ)の空を仰いだら、金髪の女の子がボクを見下ろしていた。  まだ何も描かれていないクロッキー用紙を覗き込み、首を傾げた少女は、真剣な眼差(まなざ)しをしている。 「ねえ、なにか絵はないかしら? そうね、人の顔が描かれたものを見せてはくれない?」  まだ十歳にも満たないと思われる幼い顔立ちの少女なのに、口調は大人びているし身なりもきちんとしていた。  いいところのお嬢様なのだろう。  巻き毛の豊かな金髪。頭のてっぺんに結わえられた上等な布でできたリボン。それと同じ柄の足首まであるドレスには、シワなどは一つもなくピンとしている。  加えて、遠くに執事らしき初老の紳士が馬車の横でこちらの様子を伺っていて、その目つきがまるでボクをいぶかしげに値踏みしているように思え、少しだけ背筋を正す。  シワシワのシャツと薄汚れたズボンは隠しようがないけれど、せめて寝癖のついた髪の毛だけでも、と手櫛(てぐし)で直した。 「ねえ、絵描き屋さん?」 「あ、ああ。人物画だね? 申し訳ないけど、ボクは風景画ばかり描いてるんだよ。でも良ければ君をモデルに一枚描いてもいいかな? 時間もお金も取らせないよ」  せっかくボクに興味を持ってくれたお礼に、と少女の返事も待たずに描き出す。  小さい頃は、母や姉の顔を描いたりしていたけれど、売れない画家としての生業(なりわい)についでからは風景画ばかりだった。  依頼されるのは、貴族の庭園であったり、蓮の花が開く沼だったり。画家としてのデビュー作は、風景画であったから、そういった絵画ばかりを所望されてきていた。  描いてなかっただけで、描けないわけじゃない。
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