第三話 すべてはここにあった。

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

第三話 すべてはここにあった。

 何を隠そう、俺は絶賛失業中だ。惰性で勤めていたブラック企業が倒産しやがった。社長も専務もバックレて夜逃げ。部長はメンタルでダウンした。  債権者は取り立てに来るし、お客は納品しろと文句を言う。結局課長と俺が責め立てられて怒鳴られる。  もう会社なんか無いのに。給料も出ないのに。 「課長、もうこんな会社どうなってもいいじゃないですか?」 「うん。十五年も務めた職場だから、最後くらい綺麗に終わらせたかったんだが……」 「金庫も銀行口座も、製品倉庫まで空っぽなんですから、どうしようもないですよ」 「そうだな、村上君。キミもよく頑張ってくれたよ。もう家に帰ろう」 「課長にはお世話になりました。新しい仕事が決まったら連絡しますよ」 「キミはまだ若い。良い仕事が見つかるように祈ってるよ」 「じゃあ」  会社の最後なんてあっさりしたもんだな。なんの感慨も湧かないや。  とにかく仕事探さなくちゃ。貯金も少ないからな。この足でハロワに行ってみよう。  ――ここか。意外と綺麗で立派な建物だな。さすが大都会。まずは窓口で登録しなきゃ。 「こちらへどうぞ。今日はどういうご相談ですか?」 「すみません。働いていた会社がつぶれちゃって……」  俺は失業した事情を説明した。話しているとだんだん情けない気分になっていくな。「失業者」って言葉が、どんどん実感を伴ってくる。  窓口のお姉さんは、淡々と必要手続を教えてくれる。あー。写真とか通帳とか、マイナンバーカードとかいるんですね。実はこんなこともあろうかと、ぜんぶ揃えてあります。はい。登録お願いします。――ありがとうございました。  初回の手続きが終わって、俺は窓口を離れた。 「しかし、人が多いね。これみんな失業者か……」  老人ばかりかと思っていたら、結構若い人もいるね。老若男女ってやつ? 「雰囲気はちょっとピリピリしてるかな?」  そりゃそうだ。収入がない状態で和気あいあいもないもんだ。  パソコンに向かって何やら真剣に操作している人。求人情報を検索しているのかな?  あっちの窓口では、具体的な求人情報について説明を受けているらしい。ありゃ、こっちの窓口では爺さんがもめ事を起こしているな。おとなしく相談しろってのに……。 「みんなみんな、仕事を求めて窓口に殺到するって、これじゃまるで――」  その時、おれは脳天から雷に打たれた。 「――まるで『冒険者ギルド』じゃねえか」  現実の風景は突然色を失い、セピア色の写真のように現実感を喪失した。そこら中での会話も意味を失い、何かのエンジンが低く唸っているような音になって遠ざかる。  ふと傍らのポスターが目に入る。「職業訓練受講者募集中!」、「依頼会社による面接会実施情報!」……。  そこだけ色を伴って光っている。 「ギルドの訓練に、指名依頼の引き合わせ……」  このパソコンは、「依頼掲示板」ってことか。空いているブースに近づこうとすると――。 「おっと」  誰かの足に引っかかって、危うく転びそうになる。えっ? わざとか?  クスクスと、笑い声が聞こえるような気がする。振り向いてもこっちを見ている人はいなかった。気を取り直して、パソコンの前に座る。 「どんな求人(クエスト)があるんだ?」  ・急募:蚊の駆除。外来種の可能性あり。  ・急募:ベビーシッター。人形遊びが好きな女の子のお世話。 「何だこの求人? 内容がしょぼいな。でも、俺、何の特殊技能(スキル)も経験もないからなあ。こんなのでもないよりマシか? 受けてみようか」  応募のボタンを、クリックした。すると――。 「何だこれ?」  俺の体は金色の光に包まれ、身体の奥底から正体不明の力が爆発的にみなぎってきた。 「いったいどうしたんだ、俺は?」  ふと画面を見ると、「プロフィール」というアイコンが点滅している。 「今度は何だ?」  クリックすると、新たなウインドウが開いた。「ステータス」とタイトルがある。  名前:村上冬樹  種族:人族  年齢:二十三歳  職業:冒険者  レベル:1  HP:100  MP:50  スキル:―  称号:覚醒者 勇者 ハロワの加護 「何だこりゃ? これは世にいうステータス画面じゃない?」  いつの間にか、職業が冒険者になり変な称号まで付いている。 「異世界転生もしてないのに?」  そういうことなのか?  ハロワとは冒険者ギルドで、この世界は冒険の世界だったのか?  求職者ってのは冒険者のことで。  クエストってのは求人情報のことで。 「俺はその真実に目覚めた『覚醒者』ということ?」  だとしたら、だとすれば――。俺は『勇者』としてこの世界を救う使命がある。  吸血鬼()を退治し、傀儡師(おんなのこ)を調伏しなければ。それが俺の使命――。  俺は色を取り戻したハロワのロビーを出ると、近くのコンビニで一冊のノートとサインペンを買った。コンビニを出るなりノートを取り出し、サインペンのキャップを外す。  真っさらなノートの表紙。その真ん中に俺はサインペンのペン先を落とす。 「冒険の書」  そう書き込んだノート、いや冒険の書を片手に、俺は歩き出した。  富と栄光を求めて――。 (おわり)
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!