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俺は本当はあの夜、川に飛び込んで死ぬつもりだった。
でも、あの尾鰭が気になって死ねなくなった。話すようになった。今日は医者の学校に行けるようになったことを話すつもりだった。ぜったいに病気を治す医者になるからそれまで死ぬなと伝えたかった。
息ができない。水の圧力と混じっている枝や石が痛い。あの日飛び込まなくて良かった。あの泥川じゃあ服を汚して終わりだった。今の泥川は確実に死ねる。だけど気持ちはあの夜と正反対だった。死にたくない。もがいてもがいて上下はわからない。生きたい。手を伸ばした。その手を誰かが掴んだ。重い水の流れから剥がすように、力強く引っ張られる。
気づいたら草むらの上で水を吐いていた。かなり流された。隣にはあの女がいた。俺は彼女に2度も助けられた。ありがとうと、お礼を言おうと女のほうを見た。
女の尾鰭は人間との繋ぎ目から離れそうになっていた。そこから血がいく筋も川に流れ落ちる。
「どうして」
そこまでする価値は俺にあったのか。
「私がそうしたいからそうしたの」
そう言って女は息をするのをやめてしまった。それが女と交わせた最期の会話だった。葬式の後女は海へ還された。女の家のしきたりで死ねば海に流して自然に朽ちるのを待つらしい。女の母親から女の鱗を渡された。母親いわく、人魚が鱗を渡すのは一生一緒に泳ぐ権利はあなたにあると言う告白のものだった。
「直接渡して欲しかった」
女が還された海をみて泣いた。
そのあと俺はなんとか医者になれた。
女のような体質の持ち主を救う薬をつくった。
それでも治らない患者がいる。真摯に向き合っても患者が死ぬことだってある。だからこそ思う。
生きるか死ぬって二択あるように見せて、結局は生きて死ぬになるこの世が腹立つ。でも腹立ちながらも生きなければならない。
女の鱗は今も俺の手の中で夕日を反射して輝いている。
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