アリサ IN LOVE

2/18
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
2 「たの…み…?」真人は、再びいやな予感におそわれた。 「アリサちゃんにオレの想いを伝えてくれ」 「な、な、なにい!」 「こんなこと頼めるのは、オマエしかいないんだ」 「どうして、オレが?」 「オレはこういうことが苦手なんだ」 「あのなあ、ちょっと待てよ。こういう問題は、苦手だからといって人に頼むようなことじゃないよ。自分でだなあ……」 「マサト、聞いてくれ。明日からオレは、国体に向けての強化合宿に入るんだ」 「それがなんだよ」 「オレの肩にはたくさんの期待がかかってるんだ。オレはキャプテンだし、この時期、すべての神経を集中させて練習に取り組まなければいけないんだ。わかるか? オレの辛さが!」 「んなこと言ったってよ」 「たのむよ。この通りだ」 友部はテーブルの上で深々と頭を下げた。 「おいおい待てよ。弱ったな」 真人は思案にくれた。 「合宿が終わってから自分で言いに行けばいいんじゃないか?」 「それが出来ないから頭を下げてるんだ」 「正直言って、オレもそんなことは苦手だよ」 「いや大丈夫だ。キミなら出来る」 友部は変なところで自信たっぷりに胸を張った。 「いい加減なことを言うなよ。彼女にオマエの気持ちを伝えりゃいいんだろう」 「引き受けてくれるのか?」 「仕方ないよ」 「スマン、マサト。恩に着るよ。これで安心して合宿に行けそうだ」 「返事は聞いとかなくていいのか」 「いや、オマエのことだ。きっと上手くしてくれるだろうよ」 「は?」 「ちゃんとまとめてくれるんだろ」 「何が?」 「だから、オレと彼女を…」 「バカなことを!」 「いやぁ、持つべきものは親友だな。やっぱり」 友部は、もう完璧に幸福気分に浸っていて、何を言っても無駄な様子だった。 真人は、悪い夢を見ているような気分だった。  店を出て、路地を右左に曲がる。真人は先を行く友部の後ろ姿を見失わないよう必死に歩いた。 もしもここではぐれたら、この迷路から永遠に抜け出せないのでは、とさえ思ってしまう。 幸い、友部の大きな背中は見失うなと言う方が無理なくらいなので、真人は無事、迷路から脱出できた。だが、そのかわり視界が遮られて、どこをどう通ったのかさっぱり分からずじまいでいた。 駅へと続く繁華街を歩きながら、真人は友部に訊いた。 「どうして彼女を気に入ってしまったんだ?」 「オマエは彼女を気に入らないのか?」 逆に友部が訊いた。 「オレか? オレは考えたことねえな」 「全男性の憧れの的だぜ」 「オレはそんなミーハーじゃないよ」 「彼女のファンはミーハーばかりじゃないよ」 「オマエはそうじゃない、と言いたいわけか?」 「さあな」 真人は左右に首を振った。わけのわからん奴だ、こいつは。「オマエの恋人はラグビーだけかと思ってたよ」 友部はニヤリと笑った。 「それじゃ、マサトの恋人は何なんだ?」 真人より数段きついセリフだった。 真人が慌てて返答に詰まっていると、 「はは、気にすんな。さっきのことはいずれまた話すよ」 そう言って友部は「またな」と手を振り、人混みの中に消えて行った。 飄々としたその歩き方は、まるで恋煩いなどとは無縁のような印象を与える。 そしてやがて筋骨隆々の巨体は駅の雑踏の中へ消えて行った。 それにしても、大変なことを頼まれてしまったもんだ。 一人で歩き出しながら、真人はあらためてそう実感した。 「アリサちゃん、アリサちゃん、か」 そう呟きながら、改札を抜けた。 真人の家はここから二十分程電車に乗って行かなければいけない。 夕方のラッシュ時にかちあうと、身動きとれないほど、混み合ってしまう。幸い、今はまだ少し時間が早いので、そう心配することはない。 それでも、電車に乗り込むと空いた座席は見つからなかった。 仕方なく、真人はドアにもたれて立ったまま外の景色をぼんやり眺めた。 「ウン?」 真人は、ホームを行き来するまばらな人影を、身を乗り出して見つめた。 「……由加里じゃないか?」 妹の由加里がそこにいた。 「何だ? あいつ。それに、ナ、何なんだあの男は……」 思わずそう呟いたのも当然で、由加里は男と楽しそうに腕を組んで歩いていたのだ。しかも、その男というのが、金髪に派手なシャツ、ダブダブのハーフパンツに婦人用のサンダルをひっかけ、細いサングラスといった出立ちで、見るからにマトモとは言えない人種なのだ。 今すぐ飛び出そうとしたが、そのときすでに真人を乗せた電車は動き始めていた。 由加里とその不良じみた男は、真人にはまったく気付かず、楽しそうに笑い合っている。 電車が走り出し、あっという間に二人の姿は見えなくなった。 真人はまだ、信じられない気持ちでいっぱいだった。まさか、由加里の奴がよりにもよってあんな男と付き合っているとは……。 許さないぞ! 兄貴として認めるわけにはいかない。誰が見ても反対するに決まってる。 もしかしたら、由加里はあのヤンキー男にたぶらかされて……。 そぅだ。きっとそうに違いない。いくら生意気だとしても、由加里はまだ世間知らずの高校生に過ぎない。あの男に思うように操られているのだ。ここはひとつ、兄貴として、しっかり妹を悪から守り、立ち直らせていかねばなるまい。 真人は次第に頭に熱が回り始め、手摺りをギュッと力まかせに握りしめていた。 よし、今日帰ったらさっそくみっちりと説教してやらねば。 「ただいま」 玄関のドアが勢いよく開けられた。 時計はすでに午後八時を回っている。 由加里は下駄箱に靴を放り込むと、ズタズタと音を立てて家の中へ上り込んだ。 「コラッ! もっと静かに歩け!」 「ん? 声はするけど姿が見えず。どこなのお兄ちゃん」 「ここだ!」トイレの中から真人の声がした。 由加里は思わず、プッと吹き出した。 「ハイハイ、ではごゆっくり」 由加里は近くにあったほうきで、トイレのドアにつっかえ棒をすると、軽やかな足取りで二階の自分の部屋へ上がって行った。 背後で「コラッ、待て! 開けろ!」とわめく真人の声が遠く響いた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!