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しかし、チャンスは巡り来る。
授業が済むと真人は図書館へと出向いて行った。
本がたくさんあるから、その中に一冊くらいマンガ本もあるのではないだろうか、と考えたがからだ。
図書館には大勢人がいた。
閲覧を見て真人はゲソッとした。わけのわからない専門書ばかりだ。
みんな難しそうな顔をして、熱心に分厚い本を覗きこんでいる。
本当に皆分かっているのだろうか? 本を盾にして居眠りしている奴もいるんではないだろうかと、真人はあたりを見回した。
そのとき、ガヤガヤと声がして数人の男女が入って来た。
真人は目を見張った。入って来たのは、アリサ達のグループだった。
いわゆる『護衛隊』と呼ばれている取り巻き連中が常にアリサの回りをガードしているのだ。
アリサは後ろに護衛隊を引き連れて、女友達と共にそれぞれ適当な本を取り、手近な椅子に腰掛けた。
真人は本棚から適当に一冊抜き取ると、そっとアリサ達の斜め前の席についた。
「ねえ、アリー、何読んでるの?」アリサの右隣りの女の子が言った。どうやら仲間内ではアリーと呼ばれているらしい。
「うん? これ童話よ」アリサがそう答えると、
「えっ、ここ童話なんて置いてんの?」ともう一人の方の女の子が大きな声を出した。
「あたりまえよ。それよりナオミ、あまり大きな声出さないでよ」
アリサにそう言われて、その女の子ーーナオミは、
「あら、ごめんなさい」と舌をペロリと出した。
「サヤカは何を読んでるの?」とアリサは右隣りの女の子に訊いた。
「私、恥ずかしいわ」とその女の子ーーサヤカは頬を染めた。
「何よ。サヤカ。見せなさいよ」ナオミが身を乗り出して、サヤカの見ていた本を取り上げた。
「あ、やめてよ。ナオミ」
「フーム、ナニナニ、催眠術入門? 何よこれ」
「ちょっと面白そうだったから、見てただけよ。何でもないわ」
「あら、それにしてはえらく熱心に見てたじゃない」
「そんなことないわよ」
ナオミのからかいにサヤカは耳まで真っ赤になって言い返した。
「ホラッ、むきになった」
「違うわよ」
「やめてよ! ふたりとも」
アリサに一喝されて二人はシュンとなった。
その間、護衛隊連中(男の4人組だった)は、忠実な番犬のように大人しく腰掛け、それぞれ経済書やら六法全書などを取り出し、無表情でページをめくっている。
しばらくすると、ナオミは頬杖をついて居眠りを始めた。
アリサとサヤカは、あきれて顔を見合わせた。
「まったく、ナオミったらしょうがないわね」
「もう行きましょうか」
「そうね、そろそろ次の講義が始まる時間だしね」
「ホラ、ナオミ、起きなさい。行くわよ」
サヤカが突っつくと、ナオミは寝ぼけまなこで、
「ん? ここはどこ? 私は誰?」と訊いた。
「ここは図書館。あなたはナオミ」
アリサは親切に教えてあげると、本を持って立ち上がった。
それを待っていたかのように、護衛隊の4人組はサッと立ち上がり、素早く護衛の体制に入った。
真人は感心した。よく手なずけられているもんだ。
ナオミも欠伸をしながら立ち上がり、一行は静かに歩き出した。
それを見て真人も立ち上がり、後を追おうとした。
「クスクス……」という笑い声が聞こえたので、何だろうと思って回りを見渡すと、数人の女子学生達が真人の方を見ながらしのび笑いをしている。
少し気になったが、今はそれどころじゃないので本を元の場所へ返しに行った。
本棚に本を押し込みながら、何気なく本の背表紙を見ると、『はじめての妊娠とお産』と書かれてあった。
誰だ! 図書館にこんな本を置いたのは。
真人が図書館を飛び出すと、アリサ達は校舎に向かって歩いて行くところだった。
ほんの少し真人はどうしようかと考えたが、すぐに決心をして、走り出した。
「何だおまえは?」
連中の行く手に立ちはだかるように現れた真人に、護衛隊の一人が訊いた。
「ちょっと待ってくれ。呼吸を整える。今日はよく走る日でね」
真人は、はあはあと肩で息をしながら答えた。日頃の運動不足が響いたいるのだ。
「バカか、おまえは。どいてくれ、急いでるんだ」もう一人が言った。
「ああ、行ってくれ。君には用がない」
真人がそう言うと、男はムッとしたような顔になり、
「じゃあ、誰に用だと言うんだ」と訊いた。
「この人だ」
真人は真っ直ぐにアリサを指差した。
一瞬、誰もが茫然として言葉を失っていた。が、やがて、アリサが、
「私ぃ!」と目を丸くして、素っ頓狂な声をあげた。
「そう、でも随分と高い声なんだね」真人は率直な感想を述べた。
「ナ、ナ、ナ、何なんだ、おまえは?」
後ろについていた護衛隊の残り3人も乗り出して来た。
真人は構わず、アリサに対して話し始めた。
「僕は法学部2回生の吉永真人です。突然にすみません。実はあなたに折り入ってお話したいことがあるんです。良かったら今日、授業が終わったらちょっと付き合ってもらえませんか? もちろん2人きりで」
考えていた通りのことをスラスラ言えたので、真人は内心やったと思った。
「えっ?」
アリサはあまりに突然のことで、少々思考能力が鈍っているみたいだ。
ナオミもサヤカもポカンと馬鹿みたいに口を開けていた。
よし、もう一押しだと思って、真人は一歩アリサに近付いた。
と、突然、両側から護衛隊の2人に腕を捕まれ真人は軽々と抱え上げられた。
「わっ、何をするんだ」
真人は両足をバタつかせて抵抗したが、がっしりとした体格の護衛隊はビクともせず、
「こういう世話やかせる連中が多くていけねえや」
「まったくだぜ」
と話し合ってる。
「乱暴はやめて」
アリサが2人を制しようとしたが、
「心配しないでくださいアリー様、この無礼な男には俺たちがよく言い聞かせておきますから。さっ、早く教室の方へ」と男達は取り合おうとしない。
「でも……」とそれでもアリサが気にしていると、
「さ、行きましょう。行きましょう」と後ろの2人が背中を押して行った。
「待てよ。君達、ちゃんと話しを聞けよ」
真人はわめいたが、護衛隊の2人に抱え上げられたまま、連れ去られて行った。
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