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真人は芝生の上に寝転がって、ボンヤリ雲を眺めていた。
結局、あの後の授業には出る気がせず、こうしてサボっているのだ。
別に護衛隊の2人に暴力を受けたというわけではない。
「俺たちは紳士だ」彼らは言った。
「オマエのような奴はたくさんいる。憧れのアリー様と一度でいいから話しがしたい、その気持ちはよく分かる。だがな、身のほど知らずな夢は捨てて諦めるんだな」
彼らは完全に誤解していた。
しかし、真人のアリサに対する用件を彼らに説明したところで、返ってくる言葉は同じだろう。
言いたいことだけ言って、彼らは行ってしまった。
真人は何も話す気になれず、そのまま芝生に寝転んでいたのだ。
「何がアリー様だ。笑わせるんじゃないぜ!」
真人はムシャクシャして、怒鳴ったりしていたが、いつのまにかウトウトと眠り始めた。
まったくよく寝る奴だ。
さて、一方のアリサの方はと言うと、真面目に経済学の講義を受けていた。
教室内の半数の学生達は、コックリ、コックリと舟を漕いでいる。まあ、建物の外も内もそう変わらないのである。よく寝る奴はどこでだってよく寝るのだ。
黒板の前で頼りなさそうな教授がひとり、黙々と(?)喋っていた。
アリサはというと、居眠りなどするはずがない。
ただ、ナオミとサヤカ達とのおしゃべりに花を咲かせていたが……。
話題はもっぱら、さっき現れた変な男ーーつまりは真人ーーのことだった。
「あれはどう見ても変質者の顔ね」
ナオミは自信ありげに断定した。
「それは言い過ぎよ。確かに背は低かったけど、ーー」
とサヤカはあまり関係ないことを言って反論した。「結構、可愛いタイプと思わない?」
「あら、やだぁ、サヤカったらあんなのが趣味なの?」
「あ、違うわよ! そういう意味じゃないわよ」
「じゃ、どんな意味よ?」
「意味って……、そんな…もう、突っ込まないでよ。ナオミ。そんなに変な人でもないんじゃないかなと思って言っただけよ」
「でも、いきなり前へ現れて、2人きりで話しがしたいだなんて、ちょっとね。何を考えてるのかわかったもんじゃないわ」
ナオミはあくまでそう言い張った。
「そりゃあ確かにいきなりああ言われちゃ、誰でもビックリして、何よこの人、なんて思うけど、よく考えてみると自分のこともちゃんと名乗ってるんだから、そんなに非常識でもないわよ」
「そうかしら」
「そうよ」
いつものことながら、どうもナオミとサヤカは意見が合わない。
「ねえ、アリーはどう思ったの? さっきの人」とナオミがアリサに訊いた。
「えっ、ああ、さっきのあの人」
「そうよ」
「どう思うつて?」
「つまり、変態か正常かってところよ」
どうもナオミの言い方は極端なのだ。
「そんなこと、わからないわよ」
「わからないって、また来たらどうすんのよ」
「その時考えるわ」
「気を付けなさいよ。あれはきっと痴漢よ」
ナオミは完全にそう決め付けていた。
アリサはフフッと微笑んで、吉永真人という名前を思い返していた。
その後3人の話題は、教授の噂話から、どこそこの店の何々は美味しいとかなどということに果てしなく続いて行った。
そして、ようやく講義終了のサイレンが鳴り響いた。
その音によって、居眠りをしていた者は目覚め、おしゃべりに熱中していた者は話しにケリをつけた。
それでも、一応講義を受けていたことになるので、単位は取得できる。
ああ、何という平和な大学であろうか!
真人はサイレンの音に目覚め、ウ〜んと伸びをした。
彼が目覚めたのは芝生の上だから、単位取得は難しい。
だが、今真人はもっと難しい問題に取り組んでいた。
いかにしてアリサに近付くかである。
1時間も前からこの問題に頭を悩ませていたのだが、未だに答えを見つけられずにいる。(眠っていたのだから当たり前だ)
どうしたものかと真人は考えた。
大学にいる間中、ほとんどと言っていいくらい、あぬ護衛隊の連中がピッタリとガードしている。
待てよ。だったら大学にいない時を狙えばいいんだ。
いくら護衛隊と言っても、まさか24時間勤務というわけではあるまい。
彼らの後をつけていってアリサが1人になる時を待てばいい。
「よし! 行くぞ」
真人は力強く立ち上がった。
真人が校舎の入口のところへ来ると、ちょうどアリサ達一行が出てくるところだった。
真人は急いで木陰に隠れた。
その横をスーッと赤いスポーツカーが通り過ぎた。
車はアリサ達の前で急旋回すると、タイヤの軋む音を立てて停まった。
ドアが開いて出て来たのはサングラスの男だった。
「あいつは……」
真人は正門前の坂道でアリサを乗せて駆け上がって行った車を思い出した。あの時、車を運転していた男だ。
「やあ」
その男はサングラスを外しながら、声をかけた。
「上原くん」アリサが答えた。
護衛隊達は気まずそうに顔を見合わせた。
「今お帰りかい?」上原がアリサに話しかけた。
「ええそうよ。上原くん、今日はテニスの練習はないの?」
「ああ、たまには骨休みもしないとね」
「そうね。あんまり上手い人が練習し過ぎちゃ試合がつまらなくなるわね」
「ハハハ、それはどうだか。それより、良かったら乗ってかない? どこかでお茶でもどうだい」
「そうね」とアリサは少し考えて、「どうするサヤカ」と訊いた。
「えっ? 私たちはいいわ。遠慮しとくわ」とサヤカが言うと、ナオミも、
「そうよ。じゃましちゃ悪いわ。さあさあ行っといてアリサ」と言って、アリサの背中を押した。
「何言ってんのよ。2人とも」とアリサは睨んだが、
「じゃネ、バイバイ」とナオミとサヤカは行ってしまった。
「まったく、もう!」
アリサは腰に手を当てて呟いた。
「さあ、乗りなよ」上原が促した。
アリサはクスッと笑うと「ええ、そうするわ」と言った。
2人が乗り込むと、凄まじいばかりのエンジン音を残して、スポーツカーは走り去って行った。
真人はその様子をポカンと見送っていた。
ふと気がつくと、4人の護衛隊達もポカンとしてスポーツカーの消えて行った方を見ている。
真人は4人の方へ近付いて行くと、
「コラッ! 護衛隊諸君。何やってるんだ。アリー様を連れて行かれたじゃないか」と言った。
「ああ?」とひとりが気付き、「なんだおまえか」と呟いた。
「何だじゃないよ。アリー様を連れて行かれたというのに、何をボケっとしてんのかって訊いてんだよ」
「仕方ないんだ」別の男が言った。
「仕方ない? どうしてなんだ」
「おまえに関係ないだろ。さあ、行こうか」
4人組はゾロゾロと歩きかけた。
「おい、待てよ。教えてくれよ。誰なんだあいつは?」
真人は必死に食い下がった。
彼らはしばらく、どうしたものかと顔を見合わせていたが、やがて、
「しょうがないな」と言い始めた。
「おい、田中、うるさいからこいつに説明してやれよ。俺たちは先に行ってるから」
と言われて、田中と呼ばれた男がいかにも面倒くさそうに仕方なく、
「ああ」と答えた。
田中は真人の方へ向き直ると、「ここじゃ何だから」と言って、裏庭の芝生の方へ行って木陰のベンチに座り込んだ。
「おまえ、本当に上原のことを知らないのか?」
「上原? そう言えばさっきそう呼んでたなぁ。で、そいつは何者だい?」
「驚いたよ。まだこの大学に上原隼人を知らない奴がいたなんて!」
「上原隼人? ん? どこかで聞いたことがあるぞ」真人は首を捻った。
「テニスの上原といやぁ、全国的なスターだせ」
「えーっ! 上原ってあのウエハラだったのか!」
思わず真人は驚きの声を上げた。大学のテニス界のスーパースターであり、そのルックスの良さでアイドル並みの人気がある、あの上原隼人本人だとは、まさか思ってなかったのだ。
「まあ、この際だから何だって話してやらぁ」
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