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田中の話によると、アリサの父親というのは、大きな会社の社長をしていて、田中をはじめとする護衛隊のメンバーの父親たちも、同じ会社の幹部社員であるらしい。
偶然と言うべきか、策略なのか、次期社長を目指すその4人の幹部社員たちの息子が揃って社長の娘と同じ大学に通うことになった。
そこで、その4人の父親たちは自分の野望を叶えるために、それぞれの息子たちに社長令嬢であるアリサに近付けという命令を下した。
大学で出会ったそれぞれの息子たちは、ライバル同士というわけで、最初の内は険悪な関係で対峙していたという。ところがその内、顔を合わす度にお互い愛憐れむかのように、へんな協定が生まれた。
我々4人の中から誰を選ぶかはアリサの意志しだい。選ばれぬ者は素直にあきらめ引き下がること。だが、4人以外の者をアリサに近付けさせないよう、しっかりとガードする。もちろん、仲間の間でぬけがけは許さない。
こうしてアリサの護衛隊なるものが結成された。
そして、彼らは、その日からピッタリとアリサをガードし始めた。アリサをアリー様と敬い、自分たちはしもべの様にお姫さまをお守りする、現在のスタイルが確立されたという。
さすがにアリサも彼らの出現には大いに驚いたらしいが、今ではお好きなようにというスタンスでいるらしい。
ただ、護衛隊たちの唯一の誤算は、アリサが彼らのうちの誰一人にも別段興味を示さなかったということである。
そんな時、颯爽と現れたのが上原隼人だった。
上原は、アリサの父親の会社が強力な資金援助を受けているメガバンクの頭取の跡取り息子なのだ。
アリサの一家と上原一家は、もうすでに家族ぐるみの付き合いがあるらしい。
そんなわけで護衛隊たちも、上原にだけは手出しができない状態なのである。
「強烈なライバル出現というわけだな」
真人は言った。
「まあ正直に言って、俺たちにゃあ勝ち目のない相手さ」
田中は、しみじみしたように言った。
「2人の仲はどうなんだい?」
真人は、上原とアリサとのことについて訊いてみた。
田中はニヤリと笑うと「恋人同士」と言った。
「オイッ、本当か?」
「かもしれない」田中は笑った。が、すぐに真顔になって「俺は知らんよ」と呟いた。
「さ、もういいだろう。俺は行くぜ」
田中は立ち上がった。
「アリサ……いや、アリー様は上原のことを、どう思っているんだろう?」真人はひとりごとのように言った。
少し歩いたところで、田中は振り向いて言った。
「上原という奴は、テニス界のスーパースターで金持ちの息子。その上、頭も良い。お坊ちゃんのわりにはしっかりしてるし、人間的にもおよそ欠点など見つからない。アリー様が奴を嫌う理由など、ひとつも見つからないよ」
「オイ、それじゃあ、あんまり完璧過ぎるよ」
「そうさ。奴はパーフェクトだ。上原に勝てる男なんていねえよ」
そう言って、田中は足早に去って行った。
真人は、しばらくの間、芝生の上に座り込んだまま、ボケっとしていた。
「ねえ」
アリサが言った。
「うん? 何?」上原が答えた。
洒落たカフェテラスで2人は向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
知らない人から見れば、恋人同士のように見えるだろう。
「吉永真人って人、知ってる? 法学部の学生だって」
「え? 吉永?」
「今日、突然目の前に現れて、いきなり2人だけで話したいことがあるって言うのよ。ナオミは変態じゃないかって言うんだけど、その様子が妙に真剣だったから、何だか気になっちゃって……。上原くん、どんな人だか知ってる?」
「さあ、僕も一応法学部だけど、たくさんいるからねえ。すぐには思い出せないなあ」
上原は少しの間、考えるフリをした。「なんなら、調べようか?」
「いいのよ。そんなつもりで訊いたんじゃないわ」アリサは慌てて、手を振った。
「それで、どう答えたんだい?」
それがね、私が返事する前に、田中くんたちが連れて行っちゃったのよ」
アリサが困ったように言うと、上原は笑い出し、
「そりゃいいや。あいつらもたまには役に立つことがあるんだ」と言った。
「悪いわ、そんな風に言っちゃあ」
「構わないよ。好きで君の後をついているんだから、それくらいのことはさせなきゃ。でも、その吉永って男、何の用だか知らないが、いきなり2人きりで話したいだなんて、もしかしたら、ナオミちゃんの言うように変態かもしれないよ」
「まさか」
「まあ、いずれにしてもあんまり気にするなよ。……それとも、気になるかな?」
「そんなことないわよ!」
アリサは少しムキになった。
ゴーゴーという激しい音の中で、真人は身動き出来ずにいた。
帰りの電車がラッシュアワーに引っかかってしまったのだ。
真人の隣では水商売風の女が身悶えしている。
知らず知らずの内に真人の手が、彼女のお尻に……と、、いやいやそんなことはない。
ただ、駅に着く度、乗り降りする客に押し流されて、あちこちと漂っているだけなのだ。
何番目かの駅に停車した時、真人は乗り込んで来る人波の中にその顔を見つけた。
昨日、由加里と一緒にホームを歩いていた、あの男だ。
電車に揺られながら真人は、その男をしっかりと監視した。
男は昨日見た通りの派手な格好を今日もしていた。
その衣装は満員電車の中でも、充分に人目を引いている。監視するのには好都合だが、真人は元来この手の男には嫌悪感を抱いてしまう。
しかし、何だって由加里は、こんな男と……。
真人はそう考えただけで頭に血が昇って来るのを感じた。
男は静かに、窓の景色を眺めているようだった。
もしかしてと、真人は周囲を見回してみたが由加里の姿はなかった。
ホッと胸を撫で下ろした。由加里と男が会っているところへ行き合わせたら、困ってしまうだろう。面と向かって、付き合いをやめろとは言い出しにくい。
ただ、兄として妹に注意や助言をしてやりたいだけなのだ。
悲鳴のようなレールの軋む音を響かせて、電車が停車駅に停まった。
多くの乗客が雪崩のように一斉にドアに向かった。乗り換えのため殆どの乗客がこの駅で降りて行く。
あれよあれよと言う間に、真人はホームに押し出されていた。
まだ、ここで降りるわけにはいかない。人の流れに逆らって、真人は車内に戻ろうと必死にもがいた。
そのとき、ふと偶然に例の男がホームを歩いているのが見えた。
電車のドアが閉まり、静かに動き出したとき、真人は男の後を追って、駅のホームを歩いていた。
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