ぷにぷにお手手を繋いだら

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ぷにぷにお手手を繋いだら

 小学校に上がるちょっと前、駿は俺んちの隣に越してきた。そのとき俺は小学四年生。  両親に連れられて挨拶に来た駿は左右にぴょこぴょこ体を揺らして踊っていた。「ご挨拶しなさい」そう言われて、駿は小さな声で「こんにちは」と言ってふにゃりと笑った。  あ、前歯抜けてる。  そう、可愛かったんだよな、その隙間が。抜けた歯の隙間なんて、そんな何も存在しないただの空間が可愛いなんてちょっと変だけど、本当に可愛かったんだ。  それからすぐに、まだ学校までの道もよく分かっていない駿と一緒に登校するのが、五年生になったばかりの俺の役目になった。 「いってきまぁす」  入学式の翌朝。俺が迎えに行くと、ピカピカのランドセルを背負って、黄色い帽子を被った駿が家から出てきた。 「おにいちゃん、いこう」  駿は元気よく走り出す。 「おい、駿。急に走んな、危ないだろ」  道路に飛び出そうとした駿を慌てて追いかけると、駿はきょとんと俺を見上げた。それから「にへっ」と笑って俺の手を握った。その手のあまりの柔らかさに俺は驚いた。  何だこれ、この、ぷにぷに。 「駿、お前の手って気持ちいいな」 「『にきゅきゅう』だよ」 「肉球?」 「おにいちゃん、ぼくの『にきゅきゅう』さわっていいよ」  駿は繋いでいた手を放すと、両手のひらをきゅっと丸くした。いや、人間に肉球はないし。それに、何なのその言い間違い、余計に言いにくくなってないか? 駿は無邪気なもんだ。ぐいっと手のひらを俺に差し出してくる。 「へえ、ぷにっぷにじゃん」 「うへへ」  指でむにむに触ってやると、やたら前歯の隙間の目立つ顔で駿は嬉しそうに笑った。    それから一週間、毎朝一緒に登校した。帰りは別々だ。下校時間が違うから。でも、新入生の集団下校期間が終わったばかりのその日、帰る途中で黄色い帽子が道端をうろちょろしてるのを俺は見つけた。 「駿?」 「あ、おにいちゃん」  帽子の穴に一本ずつ猫じゃらしを挿して、触覚みたいにぴこぴこ揺らしながら駿が駆け寄って来た。 「まだ帰ってなかったの?」 「これね、ママにおみやげ」  「えへへ」と笑うその小さな手には草花の束。しかもちょっと萎れかけてる。一体どれだけ道草をくってたんだ? 「なあ、駿ってば。早く帰らないと、おばさんきっと心配してるぞ」 「あのね、ぼくね……」  小さな声が震えた次の瞬間、駿はいきなり泣き出した。 「おうちわからなくなっちゃったのぉぉ。おにいちゃんとぉ、いっしょにかえる」 「お、おい駿、泣くなよ。大丈夫、大丈夫だから、一緒に帰ろ?」  俺は、ずびずび泣いてる駿の空いている方の手を握った。よっぽど不安だったのか、握り返してくる駿の手に力がこもっている。  案の定、家の前ではおばさんが心配そうにうろうろしていた。俺は毎日駿と一緒に帰ることを申し出た。おばさんは俺にめちゃくちゃ感謝してたけど、本当はあの駿のぷにぷにを行きも帰りも独占できることが嬉しくて内心ほくそ笑んでたってのは、ここだけの秘密だ。  それからの駿は、俺の下校時間を待つようになった。帰りの挨拶が済むと、俺はまっすぐに駿を迎えに行く。駿はいつも中庭にいて、友だちと遊んだり、一人で宿題をしたりして、お利口に俺を待っていてくれた。
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