将来の夢を語ったら

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将来の夢を語ったら

 その日も俺が迎えに行くと、駿は中庭に腹這いになって宿題プリントを広げていた。 「駿、宿題やってんの? えらいなあ」  俺も自分の宿題を取り出して駿の隣に寝そべった。駿はどう頑張っても名前欄に入りきらない自分の名前と格闘している。  『おがさわらしゅんたろう』。字を覚えたての一年生にこの長さは酷だよな、うん。豪快にはみ出しても全く気にしていないところが駿らしい。『小笠原駿太郎』、かっこいい名前だけど、漢字を習ったら習ったでこれまた大変そうだ。  俺なんて駿の半分以下の労力で済んじまう。ひらがなで『にしみつる』、漢字だって『仁志充』の三文字で完結するからな。  一年生の宿題なんて、あっという間だった。俺も自分の分を済ませると、駿と一緒に靴箱へ向かった。先に靴を履き終えて駿のところへ行くと、駿はまだ、踏んでしまったかかとをもたもたと直しているところだった。俺はしゃがんで手伝おうとした。 「このくつきゅうくつ」  突然、駿が言った。あ、何? この靴小っちゃいの? 「おばさんに言って新しい靴買ってもらえよ」  そう言うと、駿は首を傾げてぽかんと俺を見た。いや、なんで? ぽかんとしたいのは俺の方なんだけど。   暫く互いに無言で首を傾げ合ったあと、駿はまた、「にかっ」と笑った。 「こうちょうせんせい、ぜっこうちょう。ばったがといれでふんばった」  そこでやっと気付いたよ。駿がダジャレを言ってただけだってこと。 「えへへへ、おにいちゃん、かえろ」  まずはお決まりの猫じゃらしの触角を帽子にセッティングして、駿はしごくご機嫌だ。 「このいくら、いくら?」  まだ言ってる。本当に可愛い奴。駿はダジャレが好きなのか? よし、俺ものってやるか。 「トイレにいっといれ」 「いるかはいるか?」  つまんないダジャレを交代で言いながら、俺たちは手を繋いで歩き始めた。 「たいはめでたい」 「カッター買ったら高かったー」  何がそんなに楽しいのか俺には分からんが、駿はうっひゃうっひゃと笑っている。 「ぼくね、おわらいげいにんになるの。おにいちゃんは? おおきくなったらなにになりたい?」  急にまじめな顔になって駿が聞いてきた。将来の夢かあ。そっか、駿はお笑い芸人になりたいのか。 「俺はね、サッカー選手。一年生の頃からサッカーやってるんだぜ」 「さっかあおもしろい?」 「うん。楽しいよ」 「うわぁ、ぼくもさっかあしたい」  駿はなぜか大喜びでそう言った。駿がぴょんぴょん飛び跳ねる度に、ランドセルの中身がカタカタと音を立てた。    それから、駿は本当にサッカーを始めた。高学年と低学年じゃ練習時間も練習メニューも別々だって知って、初めは家で随分泣いたらしい。俺と一緒に練習がしたかったんだって。でも駿は頑張ったよ。サッカー選手を目指してたはずの俺よりもずっと長くサッカーを続けてたんだからさ。
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