不思議なブティック

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そのブティックでは、服を主に(レンタル)で取り扱っていた。 個人の者を買い取り、クリーニングして貸し出し、中には、売っているものもある。 そこは、ただの服屋ではなく不思議な服屋。 服を着れば、手放した人間の持つ思い出が走馬灯のように見えるのだ。 そのことから、この店の名前は、 ブティック【走馬灯】という。 そのように、仕立てている。 だから、『ふさわしい』誰かの元へと 貸し出されるし、 借りていく人たちもそのことをわかった上で、 着て誰かの思い出に浸れるわけだ。 それが、決めてになる。 ある日、ブティックに着たお客さんで、顎に立派な髭をたくわえた老紳士がいた。 『すみません、この子らを売りたいんだが』 子と言われたのは生前、妻が大事にしていた服で、遺品整理のために売りたいということだった。 すべて買い取り、いい値段になり、 老紳士はほくほくで嬉そうに礼を言い、 帰って行った。 そのあとに来た女性がいた。 聞けば、花嫁衣裳を売りたいのだという。 いろいろな客がいろいろな理由で来るのもこの店の面白いところだ。 恋人から別れを告げられた。 だからいらなくなったのだという。 ほかにも、癌を患っていたが、 奇跡的に完治したのでいらなくなった病院服や、 痩せる予定が、痩せなかったという無理して買った少し小さめのスカート、 等々。 ある日、はじめてのお客さんが来た。 『すみません、レンタル服を探してるのですが』 いくつか、店内のおすすめを、すすめてみた。 『太平洋戦争中に、陸軍が着ていた軍服』 や、 『伝説の雀師が愛用した煙草の跡がついた愛煙家のシャツ』 や、 『女神と呼ばれるヘレン・ケラーの生まれ変わりとされている美人看護士のナース服』 など、 どれもお気に召さなかったが、 ひとつ、セール品の中から、 一着の男性服を見つけてくる。 『試着させてください』と言うので、 試着室に案内した。 それは、なんてことのない 父親の着ていたスーツの上着だった。 カジュアルなので普段着としても着られるが、 そのスーツの上着に袖を通した瞬間、 数々の幸せそうな家族との思い出があふれた。 それは、結婚記念品に娘から父へと贈られたものだったという。 持ち主は、亡くなってしまい、 その後訳あってブティックに売りに出されたのだそうだ。 服はいろいろな人の人生を背負っている。 家が、血なら、 服は、さしずめ、肉だろう。 服には、思いが入りやすい。 一人一人のドラマが服には、染み付いているのだ。 はじめての客は、その服を『レンタル』していった。 きっと素敵な日々を送れるに違いない。 『あの服を膨大な服の中から見つけて、 巡りあったのだから』 店を後にする客に、 『またいらしてくださいね。 まだまだ素敵な服は、ございますので』 そう言うと、 『また、よらせてもらいます』と客は、 ウサギのように目を泣き腫らして、 優しく笑った。 そして、また新しい思い出を持った服が店にやって来る。 今度は、どんな思い出を持った服だろうか。
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