九.帰還

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九.帰還

 城下へのクーデターの影響はほぼなかった。  血気に逸って暴動を起こした反乱者たちに一部の民が襲われたようだったが、怪我人が出る前にズー・ディアと騎士団が間に合ったらしく、騒ぎが広まる前に収めることができたようだった。  一部に流れていた御落胤の噂も、国王の名のもと正式に『一部の白光騎士団によると年若き王へのクーデターが起き、鎮圧した』という発表がなされると、いつのまにか薄れ消えていった。 「私はまだ王として未熟である。しかし、この国を、この国の民を想う心は先王よりしかと受け継いでいる。これからも私とともに、ジャッシュを支えて欲しい。私と国民は、常に共にある」  正式発表は紙面で為されたが、シーザはその後、一度だけ国民に向けてスピーチをおこなった。  自分が未熟であると認めた上で、それでもこの国の王として誇りを持って話す姿は、多くの国民の共感を得た。もともと愛される王であったが、それだけではない、若き王の確かな信念と意志を耳にしたことで、クーデター騒動で国に不安を抱えていた者たちも落ち着いたようであった。  アヤセの身の上については、シーザは一切公表していない。ただ『クーデターの中で国王の身を守り果てた勇敢で誇らしい側近である』と告げたのみであった。 「我が国を愛し、果敢に戦ったアヤセ・ジュオールに心よりの敬意を込めて」  アヤセの葬儀の日には、多くの民が城門に押し寄せた。特別に設えた献花台は、色とりどりの花でいっぱいになった。  葬儀には灰次も呼ばれたが、一介の掃除屋が王の側近の葬儀に参列すればまたあらぬ噂の種になるだろう、と断った。  民に紛れて一輪の花を献花台に捧げ、灰次とカラーは遠く聞こえる弔砲に静かに目を閉じ祈る。  ようやく国に帰ることができたのだな、と、灰次は男のことを想った。  新たな側近探しは、難航している。ジュオールには何人かの子がいたが、その誰もが現在は側近ではない役職に就いて国のために働いている。すぐに職を変えることは難しかった。  現在は先代ジュオール、あの日アヤセを拾い育てたカイザの元側近がシーザを支えている。正式な役職ではないが、混乱した城内や騎士団を収めるためにシーザの力となって働いていた。  ジャッシュの貴族街の外れで隠居していた先代ジュオールは、この騒動の黒幕がアヤセであることは知らなかった。が、シーザや灰次の口からこのことが語られると 「おふたりの人生を狂わせたのは私なのです」 と静かに涙を流した。  それは違うとシーザは否定したが、彼にとっては消えることのない重い罪であり秘密だったのだろう。それがこんな形になってしまった。あの日アヤセを見つけたときの自分の判断が正しかったのか、これまでも、これからも苛まれ続ける。 「アヤセは自分の意志でジュオールの人間になったと言った。あんたが気に病むことじゃない。あいつは自分で自分の人生を選んで生き抜いた」  彼を救うための嘘や気の利いた言葉は言わない。だから灰次はただ、アヤセのことを伝えた。 ジュオールに拾われたから、育てられたからこの人生を選んだわけではない。アヤセは自らシーザを支えこの国を支えるために生きることを望み、選んだのだと。 「それから数日間、教会聖堂に籠ってから、シーザ様の下へおいでになったそうです。お支えしたいと」  トウカがお茶を淹れながらそう付け足した。  自分の言葉が彼の心をどうこうしたとは思わないが、アヤセの気持ちを正しく伝え、それを神の力に頼ってでも彼が受け止めてくれたことに灰次は安心した。 「そういや、バージは落ち着いたのか」 「ええ。なんとか」  バージもしばらくは共に戦った騎士たちから『騎士団に戻って欲しい』と熱烈に迫られ、それを断り続けてやっと静かなテント暮らしに戻れたのがつい最近である。  テント暮らしに戻ってからも、しばらくはグェンにあれこれと事情を聞かれ、はぐらかすのが大変だったようではあるが。 「アルクルス様はズー・ディアの大切な頭のひとりですから、騎士団に戻ってしまわれては、私たちも困るのですよ」 「それで何か工作したのか、また」 「何もしていませんよ。今回は」 「今回は、ね」 「ええ。そうです。今回は」 「……今まで何やってきたんだよ」 「知りたいのですか?」  穏やかな彼女の笑顔を見て、灰次は出されたお茶に口をつけることで会話の続きをごまかした。  今回は想像以上に厄介なことに巻き込んでしまったが、トウカがいつも通りなことに灰次は密かに安堵する。 「ありがとな」 「お仕事ですから」  何もかも元通りになっていくのに大して時間はかからない。元に戻れないものもいくつもあるけれど、それでも自分たちはまたいつもの生活に戻っていく。 「ロイさん、今日お帰りになるのでしたよね?」 「ああ。これから送っていくところだ」 「昨日、ごあいさつに来てくださいましたよ。本当に礼儀正しい素敵な職人さんですわ」  その礼儀正しさが引っかかる、と灰次は告げなかったが、トウカもなんとなくあの少年が職人見習いらしからぬ気品を持ち合わせていることには気付いているのだろう。 「ま、暇あったら頼むわ」 「暇はあるといえばありますし、ないといえばありません」 「はいはい。じゃ、またな」  何を、とは言わずともトウカには伝わったようだった。  トウカもとぼけてみせていたが、すでに手元にはズー・ディアへのロイ・エルファ身辺調査の通達書類が用意されていた。 「悪い方では、ないんでしょうけど。わからないことをわからないままにしておいてはいけませんよね」  そうひとりごちて、トウカは手紙鳥にその書類を持たせ晴れた空に放った。  十九郎の店へ向かうために、メインストリートを下っていく。まだ少しざわついているが、活気ある王都に心配はない。  この一件を乗り越えて、年若き王は大きく成長した。あのスピーチが、国民たちの声が、物語っている。彼に任せておけば、この国もこの街も大丈夫であろう。  これからハリロクに向けて砂漠越えをしなければならない。  今回はにぎやかで楽しい道程になりそうだと笑って、灰次は黒猫と少年の待つ整備屋へ足を向けた。
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