六.タネあかし

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六.タネあかし

 勾配のある砂丘の真ん中で、灰次は砂上ジープに揺られていた。  桐生院を襲った黒マントの集団に加えて、恐らくサンドグラシスであろう男たちが灰次を囲むように乗っていた。  サンドグラシスが所持している装甲車は行商人や旅人たちが使う砂上ジープよりも速く頑丈なものであるが、さすがにそれは使用できなかったと見える。  灰次は、大きな槍をいとも容易く振り回していた男たちは白光騎士団のマーベルランスであろうと予測していた。  大型の獣を狩ったり、強行作戦の先陣を務めるのがマーベルランスの役目である。本来ならばその訓練された豪腕で王や国を守るべく存在している。 「それで? 俺をどうすんの」  ハリロクを出てから、初めて灰次が口を開く。  後ろ手で拘束されて短刀も奪われた状態で、世間話でもするかのように隣の黒マントに話しかける。が、返事はない。 「あんたら身元隠してやってんじゃないの? 俺を公的に裁くなんてできないでしょ」  先頭のジープが止まる。続いて、灰次を乗せたジープ、そしてその後ろの二台が停車した。 「なるほどね。昨夜とやることは同じってか」  隣の男がサーベルを抜く。 「一思いに首でも落としてくれりゃ俺も楽に死ねるってもんだ」  灰次が頭を前に垂れる。サーベルが振り下ろされる。  その瞬間、灰次は跳ねるようにジープから飛び降りた。手首をきつく拘束していたはずの縄が座席にはらりと落ちる。 「でも死ぬのは今じゃない」  男の手を払ってサーベルを奪う。四台のジープに乗っていた黒マントたちが一斉に武器を構えた。  サーベルの扱いは得意ではない。否、サーベルだけではなく灰次はあまり武器を使うことを好まない。短刀だって護身用に持っているだけで、積極的に他人を傷付けることはしないのが灰次の主義である。 「この人数に勝てると思っているのか? おとなしく斬られろ!」 「勝つ気はないさ」  遠くから聞き慣れたエンジンの音が聞こえる。自分より随分と優しい運転をするようだ。  毎回毎回タイミングのいいことだ、と灰次は笑う。いや、タイミングがいいのは当然か。灰次はカラーとそういう契約を交わしている。 「灰次!」 「蹴散らせ!」  鈴の鳴るような凛とした声がその名を呼び、灰次はそれに応える。  直後、最後尾にいたジープがガタンと音を立てて砂丘を滑り落ちた。  何事かと慌てふためく黒マントたちの間を走り抜け、灰次は見慣れた自分の愛車へと向かった。 「藤堂さん! ご無事ですか!」  ロイがヘルメットを外しサイドカーに乗り込む。入れ替わるように灰次はヘルメットを深く被りバイクに跨ると、自分の言いつけどおりに黒マントたちを蹴散らす相棒を目指してアクセルを握った。 「カラー! 乗れ!」  速度を落とさないまま、灰次のバイクが真っ直ぐに向かってくる。サイドカーには両手を差し出すロイの姿。カラーは迷わずその腕に飛び込む。  壊れたジープと呆然と立ち尽くす黒マントたちを残し、バイクは砂煙を巻き上げながらマラドの方向へと走っていった。  同じ頃、マラドのバージのところに不穏な噂が流れてきた。  落胤の噂は事実であり、近く彼らがクーデターを起こすというものであった。バージ自身が、また、灰次が恐れていた事態が現実になろうとしている。 「アルジュかグェンはいるか」  バージの声に、近くで作業をしていたグェンがその手を止め振り返る。アルジュは仕事でゼロストリートを離れているらしい。 「グェン、灰次があれからどこへ行ったかわかるか」 「うーん。あのあと一度お城に行くとは言っていたけど、まだこの街にいるのかな」 「そうか、ふむ」  考え込むバージの姿を見てグェンが不安そうな表情を見せる。灰次の身に何かあったのか。それともこれから何か起ころうとしているのか。 「彼でしたら、ハリロクへ向かいましたわ」 「これは、トウカ嬢」  ふたりの目の前に現れたのは節気商のトウカであった。突然やって来た貴族街の商人の姿にグェンが慌てて頭を下げると、トウカはにっこりと微笑み返した。 「嬢がこんな所へ来るとは珍しい」 「ふふ、お店はしばらく休業です。お仕事が入りました」 「ほう」  バージの声色が変わった。緊張した空気が漂い、グェンはその場を外す機会を逃してしまった、と思った。だがしかし、このままふたりの会話を聞いていても良いものか。何か大切な話のようである。 「中へ入るといい」 「ありがとうございます。お邪魔いたしますわ」  トウカは綺麗にお辞儀するとバージのテントの中へ入って行った。 「バージ、どういうこと?」  ようやく緊張から解放されたグェンがバージに問う。 「グェン。しばらくセロストリートから出るな。皆にもそう伝えておけ。自分の身は、自分で守れ。いいな」  バージはそう言って、グェンの肩をぽん、と叩いた。 「何か、起こるんだね」  バージはそれには返さず、黙って背を向けた。ばさり、とテントの幕が降ろされる。 「わかった」  グェンはそう返事して、テントを後にした。  足音が離れていくのを聞いてから、バージはトウカと向かい合わせに座った。 「どこまで知っている?」 「そうですね、アルクルス様と同等の情報を持っているかと」 「節気の情報網は相変わらず恐ろしいな」 「商売には鮮度の良い情報が欠かせませんわ」  口調こそ穏やかでいつもと変わらないが、トウカの瞳は笑ってはいない。 「黒幕はわかっているか」  「王に近しい者であることは確かでしょうが、はっきりとは。とにかく今は、藤堂さんが全ての種明かしをしてくれることを信じて国王陛下をお守りするのが第一ですわ。ズー・ディアの全ての武力をこの街に集めてあります」  節気商には商人以外にもうひとつの商売がある。  それが武装集団ズー・ディアの統率役。  ズー・ディアは十二の支団からなる組織で、武装集団とはいえ普段は節気商の商売のための情報収集や流通、販売の手伝いなどをしている。 「藤堂さんがハリロクで捕まったという情報を得ました。まあ、あの彼のことですから、恐らく何かしらの方法で種明かしをしてマラドへ戻ってくれるとは思いますが」 「逆に奴等は早急に新しい王様を担ぎ上げなければならなくなったということか」 「ええ。早くて今夜。遅くとも明日の昼には動き出すでしょう」  バージはテントの奥から埃をかぶった大きなケースを引っ張り出す。 「久しぶりに暴れてやるか」 「はい。よろしくお願いします」  ケースの中から鋭く光るレイピアを抜くと、バージは不適に笑った。  明けの鳥の穏やかな声が響く。マラドの日の出は今日も変わらず静かなものだ。  トウカやバージが心配していた事態は昨晩中に起こることはなかった。しかしここからはもう時間の問題である。  相手は白昼堂々と王権剥奪のクーデターを起こす気だ。それだけの正義が自分たちにはあると信じているのだろう。  日の差し始めたメインストリートに、派手な音を立てて一台のバイクが飛び込んできた。  まっすぐに道を進み十九郎の店のガレージまで来ると、エンジンを切り店の中にキーを投げ込む。 「頼んだ!」  そう一言だけ叫ぶと、灰次は荷物を抱えロイとカラーを連れてその足で節気商へ向かった。 「相変わらず忙しいこった」  キーを指で弄びながら呟く十九郎の声は欠伸混じりに消えていった。 「トウカ! 戻った!」  節気商の裏口のドアを勢いよく開けて灰次が駆け込む。奥の椅子に掛けていたトウカはすっと立ち上がり、一礼した。 「お待ちしておりました。こちらの手はずは整っております。箱は?」 「ロイ」  トウカの問い掛けに、灰次は後ろにいたロイを見遣り、その名を呼ぶ。ロイは頷いてトウカの前に歩み出ると、箱を差し出した。 「ハリロクのロイ・エルファです」 「節気商店主のセツキ・トウカと申します」  短い挨拶を済ませ、ロイが差し出した手のひらの上でゆっくりと箱を開いた。  鍵穴も何もなかったが、手順通りに仕掛けを解いてやれば、簡単に開くようにできているようであった。  四つ折にされた小さな写真が一枚、その底に見える。  トウカは目配せして、灰次が頷いたのを確認すると、その写真を取り出しそっと開いた。 「俺たちはもう見た。ここへ来る途中、ロイが開けてくれたからな」  写っているのはカイザとオジェア、その腕に抱かれた金色の髪をした一人の幼子。当然、それはふたりの子供、王子シーザのはずである。  トウカは息を吐いて、写真を裏返した。日付は、二十五年前。シーザは生まれていない。  もう一度、裏返す。写真の中の王子には、幼いながらも目元に見間違うことのない特徴が見えた。これはシーザではない、しかし見たことのある、それは。 「彼、ですね」 「ああ。間違いないだろ」  短いやり取りをして、トウカは写真を元のように折りたたむと箱に戻した。 「城へ向かう」 「ええ。ズー・ディアも既に待機しております。急ぎ参りましょう」 「ロイ、お前はどうする」  荷物から短刀や普段は使わない銃を取り出しながら、灰次が尋ねる。彼の本職は戦闘ではない。ここで待たせるというのが当然の流れであるが、しかし。  彼は知ってしまった。この騒動に繋がるひとつの真実を。  そして、ここに来るまでに灰次から話を聞いた上で、決断を自らにゆだねられた。ならば。 「足手まといにならないようにします。連れて行ってください。真実を知りたい」 「よし。カラー、ロイにしっかりくっついててやれ」 「カラー、ロイ、まもる」  カラーはぴったりとロイに張り付くと、目線を上げてにこりと笑った。    その時だった。  ドォン、と大きな大砲の音がした。  空に向けて放たれたそれは、白い煙を虚空に残している。 「祝砲、ではなさそうですわね」  トウカが鋭い視線を音のした方へ向ける。その先には城。  城の砲台から煙が上がっている。 「どうだかな。奴らにとっちゃ祝砲なのかもしれないぜ」  いずれにせよ、これは彼らの合図である。  クーデターを始める。  灰次は城門へと走った。
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