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でも俺は返さなかった。
いつからか、俺はあくるのことを恋愛対象として好きになっていたのだ。何がきっかけかなんて覚えていない。気づいたら、俺は無意識にあくるを目で追うようになっていた。
あくるに会いたかった。また二人でくだらない話をして、どうでもいいことで笑い合いたかった。
その気持ちは日に日に積もっていくのに、返信しようとするたびに胸がズキズキと痛んだ。胸が搔きむしられるほどの恋心に、訳もなく涙が出た。
久しぶりに会ったあくるに、もし彼女ができていたらどうしよう。先に就職したあくるにとって、自分はつまらない存在になっていたりしないだろうか。もしも気が緩んで余計なことを言ってしまったら? 不安が不安を呼び、俺は弱気になっていた。あくるからメッセージが来るたびに気持ちが沈んだ。
俺があまりにも返事を返さないせいか、やがてあくるからの連絡は徐々に減り、卒業後から一年が経つ頃にはぴたりと途絶えた。
しばらくはあくるからメッセージが来ないかと、ソワソワしながらスマホを見ていた時期もあった。来ていないことを確認するたび残念に感じ、同時にホッとした。
あくるの連絡先を消したのは二年前だ。スマホの機種変更をしたときに、酒に酔った勢いで消した。当時は付き合っていた二歳上の彼氏がいたし、自治体のパートナーシップ制度について調べるくらいには真剣な付き合いだったからだ。このままあくるの存在に囚われていても先へと進めないと思った。
結局相手の浮気が原因で別れてしまったが、あくるの連絡先を消したことについては後悔しなかった。
……つもりだったのに。
やっぱ縮んだよなぁ、とあくるはこちらの爪先から頭のてっぺんまでを無遠慮にジロジロと見てくる。
「背は縮んでない。猫背になっただけだな」
「え、ほんとに? 百八十五のまま?」
「ああ」
「うっそだぁ。おれより十五センチは高いのに目線同じくらいじゃね? やっぱ上司や取引先に媚びへつらってたら、さすがの剣道部主将も猫背になるもんなのかなぁ」
「剣道部って……いつの話だ。だいたいおまえ、その髪――」
「そういやガブはここの無人直売所初めてなん?」
「え? まあ」
「ここができたの最近だもんなぁ。あ、おれのオススメはこれ」
あくるは冷凍庫を開けると、パックを一つ取り出して渡してきた。冷たいプラスチックパックが手に乗る。表面には『ニンニク増量』と書かれた漫画の吹き出しのような形のシールが貼られている。
「で、タレはこれな」
俺に選択の余地はないらしい。あくるは冷凍庫の手前から三種類あるタレのうち、激辛ダレが入った小ぶりの容器をパックの上に乗せてきた。
「あ、作り方はちゃんとこのパックの中に入ってるから。この通り作らないとマジで味変わるから気をつけろよ」
俺は短くため息をついたあと、激辛ダレの容器を冷凍庫に戻す。あうっと変な声を出して「なんで戻すんだよ!」と抗議してくる男を無視し、ノーマルのタレを選びなおした。ビジネスリュックの中から財布を取り出しながら、「激辛は食えない」と言う。
「そんなに辛くねーよ。ちょっとピリッとするくらいで」
「辛党の『そんなに辛くない』ほど信用できないものはないからな」
あくるは「ちぇ~」とぶうたれる。
料金箱に四百円を投入したあと、すぐに帰るつもりだった。というか、すぐ帰ればよかった。
ふと訊いてしまったのは、ちょっと試してみたくなったのだ。自分の中にあくるはもういない。あくるへの気持ちをとっくに忘れている自分を確かめたかっただけだった。
「さっきの電話の女性は彼女か?」
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