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肯定の答えが返ってきても落ち着いていられる自信があった俺に、あくるは応えた。
「え、ちがうよ?」
のんきな声が耳に入ってくる。別のパターンだったか。
「じゃあセ――」
「フレでもない」
うん?と俺は首を傾げる。
「まあお礼にやることはやってるけど、なんつーのかなー。パトロン?」
「なにおまえ……店でもやってんのか?」
高校を卒業したあと地元の建設会社に現場スタッフとして就職したのは知っているが、細くて白い腕を見るからに今も建築材料を運んでいるとは思えない。
「店? なんの?」
「だってそんな派手な恰好して、ホストとかやってるんだろ?」
「ガブは時代遅れだな~、今どき派手な恰好したチャラい男が、みんなホストだと思ったら大間違いだぜ。ま、ホストやってた時期もあるけど」
チャラい自覚はあったのか。ホストもやってたのか。
「じゃあおまえ今何やってんだよ。パトロンがいるってことは、売れないバンドマンでもやってんのか?」
「売れないって言うな! バンドはとっくに解散した!」
バンドもやってたのか。そしてとっくに解散したのか。
「じゃあおまえ、今なにやってんの?」
恐る恐る尋ねると、あくるは親指を立てて自身に向けた。ドヤ顔を浮かべた男は胸を張って答えた。
「ヒモ!!!!!!」
あまりの堂々とした態度に、一瞬そういう仕事があるのかと思ってしまった。当然ヒモは職業じゃない。料理や掃除、洗濯などの家事を積極的にやっていれば主夫や家事代行サービスをしていると言えるのかもしれないが、あくるの言動から察するに期待はできないだろう。
呆れてものも言えない。俺は盛大なため息をついた。
「はぁ~、よかった……」
「なにがなにが?」
「いや、なんでもない」
本当によかった。あくるがこんなヤツで。
おかげでずっと胸の奥でわだかまっていた気持ちが解けそうだ。高校時代は長所だと思っていた天真爛漫さは『空気が読めない』に、人懐っこさは『余計なお世話』となって、大人になったあくるは俺の目の前に現れてくれた。安心した。これでようやくあくるのことを吹っ切ることができる。俺はそう思った。
「ホストやってたときのお客さんなんだけどさー、おれらとそんなに齢変わんないのに超金持ってんの――って、ねえ! おれ今しゃべってる! 帰ろうとしないで! 最後まで聞いてよー!」
声のでかい男を無視して、俺は直売所から出た。
生活圏内が同じなのはちょっと意外だったが、どうせ再来月に迫るアパートの更新はしないつもりだ。むしろあくるがここら辺に住んでいると判明してよかった。次のアパートは別の場所を選ぶ決心がついた。
直売所から出て駅の方に向かおうとする俺の背に、「待って待って」とあくるが追いかけてくる。
「おれさ、おまえにずっと訊きたかったことあんだよね」
俺は渋々足を止めた。「なんだよ?」と振り返れば、表情の消えたあくるがこちらをじっと見つめていた。
ドキッと心臓が跳ねる。色素の薄い目は、あの頃のままだった。
「ガブってさー、昔おれのこと好きだったでしょ?」
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