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一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「え……」
なんで、と思った。なんで知ってる? ていうか、いつから知ってた?
言葉に詰まる。否定したいのに、言葉が出てこない。これだけ時間を溜めれば認めたことになってしまうというのに。黙ったまま何も言えずにいる俺に、あくるはプッと笑った。
「あはっ、アタリの顔じゃん」
「……っ」
全身の血がざわついた。まだ夏は先だというのに、脇汗が止まらなかった。
「ま、訊きたかったことってそんだけなんだけどね」
あくるはゴムサンダルを履いた足で小石をコツンと蹴る。
「それじゃ、おれこっちだから」
あくるが指を差したのは、俺のアパートがある方面とは反対方向だった。
「餃子、マジで書いてある通りに作るんだぞ」と言うと、背を向けて歩き始めた。近くの外灯がチカチカして消えかかっていた。
これが最後だ。俺は感覚的にそう思った。これを逃したら、あくると会うことはもう一生ない。
「あ、……あくる!」
俺はあくるの背中に声を投げた。「ん?」あくるが振り返る。
自分でもどうして呼び止めたのかわからなかった。言いたいことや訊きたいことがあるわけじゃない。昔のような焦がれた気持ちを抱いているわけでもない。そもそももう何年も会ってなくても、自分は平気だった。明日からも普通に生きていける。あくるに再会した今日と、再会しなかった今日では、何も変わらないはずなのだ。
だけど呼び止められずにはいられなかった。その理由を探してみたけれど、俺は見つけることができなかった。
「えっと、その……」
昔好きだったと認めてしまおうか。それとも、どうしてそんなことを今さら訊いてきたのか尋ねようか。いつから俺の気持ちに勘付いていたんだろう。同性の友達が自分のことを好きだと知ったとき、どんな風に思ったんだろう。頭がぐちゃぐちゃだった。
口をまごつかせる俺に、あくるはまるで卒業式の帰りに別れたときの続きのように、
「とりあえずライン、交換する?」
スマホをジャージズボンのポケットから取り出した。
「ほい、QRコード出して。おれが読み取るから」
言われるがままスマホを出す俺の手からやんわり奪うと、あくるはささっと親指を動かして互いの連絡先を交換させた。
あくるのアカウントのアイコンが、俺のスマホ画面に表示される。アイコンには加工アプリで撮ったと思われるあくるが、顎の近くでピースした写真が使われていた。繋がれたことへの期待と不安が押し寄せてきて、胸がざわついた。
これではまだあくるのことが好きみたいだと、自分でも思った。自嘲の意を込めて俺はぽつっと言った。
「……笑うよな。好きで好きでたまらなくて、連絡返せなかったとか」
スマホを持つ手が震える。見た目や身を置いている環境はずいぶんと変わったのに、声と中身が変わらないなんてずるいと思った。
あくるは「まじでそれ」と鼻で笑ったあと、わずかに目を伏せた。
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