昔好きだった同級生(ヒモ)と餃子の無人直売所で再会した話。※J庭52サンプル

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***  急な出張が入ったのは、定時である十七時半をちょうど回った頃だった。帰り支度をする俺に、ちょうど先方との電話を終えたばかりの主任が言った。 「田口君、ちょっと本場のたこ焼き食べてきてよ」  そのセリフを聞いただけで、俺は察した。これから自分の身に降りかかる未来を。  ちなみに主任は出張命令の際、よくご当地名物を使う。少しでもポジティブにしようとしているのかもしれないが、言い方はポジティブでも内容はネガティブなものに変わりない。今から急に飛ばされて対応しなければならない身としては、現地で食べるご当地名物より自宅で食べるコンビニ飯だ。  ちょっとした抵抗のつもりで、 「俺たこ焼きはカリカリ派なんで、別に本場じゃなくてもいいです」  と言ったのだが、「まあそう言わずに、ね!」と体よく任されてしまった。  しかも主任の話によれば、先方の大阪市内にあるテナントビルの管理人は、急な通信障害に見舞われてひどくご立腹らしい。なんで俺が……と思ったが、指名されたからにはしょうがない。  大手通信会社の子会社で、ネットワークエンジニアとして新卒入社して四年。新人が入ったり辞めたりを繰り返しているが、今はなんだかんだ会社の中で俺が一番年下だ。入社当時の体力がまだ残っていると思われているのか、ネットワーク回線の不具合や通信障害が起きたとき、今でも俺に白羽の矢が立つことが多いのだ。  片道二時間半かけて向かった大阪で二時間対応したあと、終電を逃した俺は泊まることにした。明日は平日のど真ん中の水曜日だが、シフトの関係でどうせ休みだ。ホテルの近くで味の濃いラーメンを腹に入れ、部屋で缶チューハイを一本だけ飲んでから寝た。  初めて大阪に降り立ったのが仕事というのもなんだか癪だった。昼前にホテルをチェックアウトしたあと、新大阪駅でたこ焼きせんべいをお土産に買った。新幹線に乗ってから、別にお土産を渡す相手なんていなかったことを思い出した。九州から上ってきた台風の中を突っ走っているせいで、窓には雨の糸がいくつも流れていた。ふと思い出したのは、先日餃子の無人直売所で再会した同級生――あくるの顔だった。  最後に連絡がきたのは、二週間前だ。再会した日の夜、『いつ空いてる?』と連絡がきた。緊張して返信に時間がかかったが、俺は考えた末に『来週の日曜日なら』と返した。  だが、タイミング悪く約束の日の前日に人が急に辞めてしまった。こんなときも、家族や恋人のいない独り身の俺に当然仕事の話が回ってくる。土曜日の夜、ソワソワと掃除なんか始めていた俺に、そのお呼びの電話がかかってきたのだった。
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