昔好きだった同級生(ヒモ)と餃子の無人直売所で再会した話。※J庭52サンプル

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 電話越しに、主任は断ってもいいと言ってくれた。ただ『明日仕事に出れないか』と言われたそのとき、少しホッとしてしまったのだ。その安心感を、俺はうまく言葉では説明できない。食べたら翌日の健康診断の結果に響くとわかっていて、でもどうしても食べたくて足を運んだラーメン屋が定休日だったときの気持ちに似ているかもしれない。でも事実として、『あくるに会わなくていいんだ』と思った瞬間、安堵の気持ちが胸を撫で下ろした。  急に仕事が入ってしまったことをメッセージで伝えると、あくるは即効で俺のスマホを鳴らした。 『ふざけんなよ。こっちはめちゃめちゃ楽しみにしてたんだぞ。もうマイちゃんに餃子買ってもらっちゃったじゃん』  俺は「ごめん」と謝るしかなかった。そんな俺に『じゃあいつならいいの?』と、あくるは何度も訊いてきた。でも俺は「わかったらまた連絡する」で押し通し、明言しなかった。  あれから二週間。向こうも諦めたのか、あくるから連絡がくることはなくなった。学生時代と同じことをしている自分に呆れたが、これでいいと思った。たぶん……いや、あくると餃子直売所で再会したときに確信したからだ。自分がまだあくるに対して未練があること、そしてその願いと想いがあの男には決して届かないことに……。  最寄り駅に着いたのは夕方だった。関西地方では雨が降っていたが、まだ関東は台風の影響を受けてはいないらしい。駅に降り立った瞬間、ジメッと肌にまとわりつく西日と蝉の声に、俺は出迎えられた。  休みの日を移動に費やしてしまったのはもったいなかったが、今は早く家に帰って新幹線で長時間縮こまっていた体を伸ばしたかった。夕飯は部屋で涼んでから考えればいい。大阪土産を片手に自宅アパートへと足を向けた。  築十年の二階建てアパートの二階奥が、俺の部屋だ。足音がやたら鳴る鉄骨階段を上った俺の目に、それは唐突に飛び込んできた。 ----------------------------------------- ※サンプルはここまでになります。
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