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親戚の結婚式の二次会で理栄と知り合い、同じ海外ミステリー小説が好きという事で意気投合して付き合いが始まった。
理栄とは「恋人」というより「男友達」のような感覚で付き合っていた。
身長177cmと女にしては背が高く、天海祐希に似ているAカップの女を
「異性として見ろ」
という方が無茶な相談である。
それでも両方の親からせっつかれ、
「友達のような夫婦もアリかな」
と思って結婚したが、一週間後にそんな夫婦は世の中に存在しないと分かった。
翻訳家として在宅で働いているので家にいる時間が長く、そのお陰で家は常に隅々まで整っていて清潔な状態を保てているのはいいけれど、料理が得意で未知の料理でもレシピを見ながら作ればすぐマスターしてしまい、ワイシャツだけではなくベッドシーツまで自宅で洗濯してしまうところが嫌味に思えた。
それだけではなく、飲み会で遅くなっても決して怒らず笑顔でお茶漬けと漬け物を出し、休日に一人で外出すると言っても、やはり怒らず黙って小遣いを持たせて送り出してくれるので、「可愛げ」というものが感じられない。
自分が子供のように思えてくる。
結婚半年後、何事も完璧にそつなくこなし、可愛げのない理栄に嫌気が差して離婚した。
女は愛嬌が大切だと理栄との結婚を離婚を通して痛感した。
結婚する時は、少し抜けていてもいいから可愛い女と結婚しようと心から思ったものである。
離婚してから更に一年が経過した。
理栄の事が「心の傷」から「過去の苦い思い出」に変わった頃、部下の広島から
「柴田課長の前の奥様の旧姓は『吉村』ではありませんか?」
と聞かれた。
広島は、今は営業課の人間だが、入社してから四年間は秘書室に在籍しており、秘書としての優秀な仕事ぶりを耳にした部長が秘書室長に頭を下げてまで引っ張ってきたという人物である。
部長が欲しがっただけあり、営業課に異動してきてからすぐに営業社員として周囲に一目置かれる存在となり、俺も目にかけている。
それだけあって人の顔と名前を覚えるのは誰よりも得意としている。
その広島がどうして理栄の事を聞いてきたかと言うと
「僕の母親と『吉村理栄』さんの御両親が同じ地元の同級生で、同窓会で吉村さんの奥様の方が『娘がよく分からない理由で離婚された』と言っていたそうです」
との事である。
理栄の両親の地元は埼玉県浦和市で、理栄も高校を卒業するまで浦和市にいたと記憶している。
それを言うと
「だったら、ほぼ間違いないですね。僕の母親も浦和市出身なので」
と広島は言った。
その時は、こんな偶然もあるんだなと思っただけである。
ところが、その広島と理栄が入籍したと知った時、腰を抜かさんばかりに驚いた。
11歳も年上のバツイチ女と一緒になろうだなんて、よく決意出来たものである。
俺だけではない。
仕事が出来て端正な顔立ちの広島に憧れていた女の社員は
「騙されたんだ、可哀想」
と囁きあい、男達は
「人生詰んだな」
と嘲笑した。
そんな周囲の声を気にする様子も見せず、広島は毎日出社する。
俺だったら、直属の上司に捨てられた女を妻に娶ったとしたら堂々としていられない。
メンタルの強さだけは認めてやる。
その頃、俺も再婚した。
見合いで知り合った9歳年下の女である。
小柄で大きな目が特徴的な可愛らしい女だ。
理栄と正反対の女と再婚して、俺は幸せの絶頂にいた。
さて、俺のお古と結婚して不幸になると思われていた広島だが、入籍前より張り切って仕事をこなし、3か月連続で営業成績トップに輝き周囲を驚かせた。
理由は
「妻が栄養バランスの取れた食事を用意してくれるから」
だそうである。
「ずっと野菜が苦手だったけど、妻が工夫してくれて食べられるようになりました」
俺も野菜が苦手で、理栄は何か色々やっていたが、俺はそれが鬱陶しくて仕方がなかった。
だけど、広島は
「妻には感謝しかありません」
などと平然と言ってのける。
支えてくれる妻がいるから自分も頑張れるのだとも言っていた。
一方の俺はというと、若くて可愛い女と結婚した当初は良かったけれど、
「家事は苦手」
と言って何もしない女との結婚生活に疑問を持ち始めていた。
コンビニ弁当やレンチン料理が続いても
「そのうち覚えるだろう」
と思って何も言わなかった。
だけど結婚して二年半経ってもコンビニ弁当を出し、部屋が荒れていても平気な顔でソファに転がっている妻を見ると、頭が痛くなってくる。
専業主婦だというのに、一日中何をしているのだろう。
聞いても
「カップ麺の空き容器は捨てたよ」
さも当然のように言う。
何かを間違えてしまったのではないかと、この時俺は初めて思った。
そんな中、部長の定年退職が近づき、次期部長に広島が指名されたという噂が流れた。
広島は係長という役職に就いている。
係長から部長に出世なんて、古い体質のこの会社では考えられない人事である。
だから、あの噂は噂に過ぎず、次期部長は俺がなるものと思っていた。
ところが、次期部長として辞令をもらったのは、噂の通り広島であった。
納得いかずに部長に直訴したが
「仕事ぶりと人柄を考慮しての結果だよ」
あっさりと言われてしまった。
それどころか
「柴田君には群馬営業所に行ってもらいたい。君の豊富な経験を、若手が中心の営業所で存分に発揮してくれ」
地方への異動を言い渡された。
一体何がいけなかったのか、訳が分からずに俺はその場に立ち尽くした。
あれから何年経過しただろう。
俺は未だに本社に戻れず、群馬営業所で働いている。
妻は東京から離れたくないと言い張ったので、単身赴任という形を選んだ。
群馬営業所に就任してしばらくは、週末などを利用して東京の妻の元に戻っていたが、1年した頃
「負担でしょうから」
と、帰って来なくていいと言い出した。
それでも妻の誕生日にサプライズのつもりで会いに行くと、妻が見知らぬ若い男とキスをしている現場を見てしまい、そのまま群馬に戻って来た。
駅構内の書店で漫画でも買おうかと思って寄ったら、広島と元妻の理栄が表紙を飾っている雑誌が目についた。
主婦層をターゲットとした人気雑談で、
「働く妻と支える夫」
という特集記事に二人は取り上げられていた。
記事によると、大手企業の営業部長にまで出世した夫が、翻訳家として成功した妻を支える為に躊躇なく退職してマネジメント会社を設立、社長として夫として忙しい妻を支えているとあった。
この特集記事を読んで、広島は元々秘書室にいた人間だと思い出した。
金融関連の書籍コーナーには「広島理栄」が翻訳した本が並んでいる。
「翻訳家」と認識していたが、金融関連の本を翻訳している事まで知らなかった。
俺は一体、二人の妻に何を求めていたのだろう。
俺と広島の違いは何なのだろう。
もし、理栄と婚姻関係を継続していても、広島のような決断を、果たして俺に出来ただろうか。
そんな疑問を抱きながら、俺は書店を後にした。
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