その枷は、愛という名にも似て

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「佳乃ちゃん、本当に久しぶり!」 そう言って理沙の母親は佳乃を歓迎してくれた。佳乃が羨ましいと思う快活な表情を乗せる理沙の顔も、母親から見ると派手顔で身持ちが悪い印象をつけさせる、という括りらしく、地味で化粧っ気のない佳乃のことを、堅実で誠実そのもので良い、という。 「本当にお母さん、理沙をこんな顔に産んだのを後悔してるのよ。浮ついた職業に就いちゃうし、紹介してくれない彼氏も、雑誌で見る限りじゃ遊び人みたいで、私は理沙の将来が心配よ。子供が出来たとしても、こんなに浮ついた二人でちゃんと育てられるのかどうか……」 理沙の顔を見て不満を言う自分の母親に、理沙は恋人のことを擁護した。 「翔が浮ついて見えるのは外見だけよ。一緒に暮らしたら意外と堅実派だって分かるわ。まあ、私も付き合うまでそんなこと分かんなかったんだけど」 あはは、と笑う理沙は、現状にも将来にも憂いがなくて、雲のある空の向こうまで見渡しているんじゃないかと思う程、あっけらかんとしていた。 「でも貴女、料理もしてないんでしょう? お嫁に行くなら料理くらい覚えなきゃ。凛子さんみたいに、お菓子まで手作りしろとは言わないから」 凛子とは佳乃の母親のことだ。佳乃の母親は昔から料理やおやつのお菓子まで手作りで佳乃に作ってくれていて、それを目当てに理沙が佳乃の家に遊びに来るのが子供時代の常だった。 「料理もお菓子も、専門で作る人が居るなら、そう言う人に任せればいいのよ。私は体をきれいに保たなきゃいけないんだもの。油が跳ねて腕に火傷なんて出来ないわ」 仕事に誇りを持っていなきゃ口に出来ない言葉だ。佳乃だって誇りは持っているけど、それは罪悪感の裏返しだから理沙とは違う。 「でもね? 理沙。身を粉にして働いてる佳乃ちゃんの前で恥ずかしげもなくそんなこと言う貴女のこと、お母さんちょっと恥ずかしいわ」 母親の言葉に理沙がちょっと困ったなあ、という顔をした。そろそろ頃合いかな、と思って佳乃は口を開く。 「私なんて医者をやってながら、自己管理出来てませんから、本当は患者さんに偉そうに講釈垂れて良い立場じゃないんですよ、おばさん。理沙はその点仕事の為に全力で偉いです。……そろそろ私、お暇しますね。家で母が待っているので」 佳乃の口火に、理沙はぱちんと片目をつぶって来た。感謝! とでもいうところだろうか。 「あら、佳乃ちゃん、もうちょっとくらい……」 「お母さん。佳乃だって久しぶりに家に帰るんだから。おばさんだって待ってるんだし」 理沙の説得で、そうね、と納得して、佳乃は理沙の家を送り出してもらった。住宅街にある理沙の家から徒歩三分のご近所である自分の家に帰る。玄関を開けると、懐かしい煮物のにおいが漂ってきた。 「ただいまあ~」 「お帰り、佳乃。もう直ぐご飯できるから、手を洗って待ってて」 はあい、と、まるで子供のように返事をする。あの頃は自分がこんな未来に居るなんて思いもしなかった。どうして間違ってしまったんだろう、と佳乃は暗く陰る自らの心を見つめた。
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