その枷は、愛という名にも似て

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* 「お帰り、理沙」 「ただいま」 玄関でパンプスを脱ぎ、ドアを開けると、リビングで当たり前のようにくつろいでいた翔が振り向いて声をかけてきた。 「楽しかった? 女子会」 「そりゃ、まあね。なんてったって、腐れ縁の四人組だから」 「今回は特別だって言って、楽しそうに出かけて行ったじゃない」 そうなのだ。高校を卒業して以来、会えなくなっていた佳乃が出席すると言うので、張り切って出掛けたのだ。 「そうなの……。久しぶりに幼馴染みに会えると思って楽しみにしてたけど、……ちょっと変わったかな、あの子……」 いいや、変わったのは高校在学中からかもしれない。それまで屈託のない笑みを見せていた佳乃が、何処か笑顔を曇らせるようになっていたと思う。進路を医大に決め、受験を控えた所為か思ったが、卒業以来の佳乃は、相変わらずあの時のように何処か愁いを帯びた表情のままだった。店で四人で話していた時はまだあまり感じなかったが、佳乃の家に行ってお茶を飲んだ時に話した限り、やはり愁いを帯びた……、というか、何処か諦めにも似た感情を滲ませていた。 「なにか辛いなら、聞いてあげたかったんだけど……」 ティーカップを包んだ手を見る俯いた目が痛々しく見えた。親友の辛さを分かち合えないことが、辛い。 「俺の友達経験から言うと、言いたくなったら言うと思うよ。人間って溜まったものを吐き出さ素には居られないから。そうじゃないと心が病むだろ?」 尤もな答えだ。しかし佳乃は、口にしたら駄目なんだ、と繰り返した。 「そうなんだけど……。あの子、子供の頃と違って、学生の頃からなんだか内に抱え込むようになったのよね……。それまで何でも話してくれていたのに、急に変わっちゃって……。そのまま卒業しちゃったから、気にしてたのよ……。仕事に就いて、少しは変わったのかと思ったらその頃のままで、ホント、どうしちゃったんだろう……」 高校卒業以前から気にしていた佳乃の変化が、今までずっと続いていたことに、幼い頃から一緒に居た理沙としては困惑を隠せない。ふと、翔がぽんぽん、と理沙の頭を撫でた。 「なに?」 「うん……。なんだか思い詰めてる感じがしたから。理沙の性格でそんなに友達のことで思い詰めるとは思わなかった」 「やあね。大事な友達が悩んでたら、そりゃ気になるわよ」 「うん、でもさ」 翔は言葉を続けた。 「割とモデル仲間の中でもドライな方だろ、理沙。さばさばしてて、其処が良いなって思ったんだよな、俺。あの世界で陰口や足の引っ張り合いなんてしょっちゅうだし、そういうのいちいち気にしてない理沙が好きだなって思ったんだよ。後ろ振り向かないっていうか……。だから、友達に何もしてやれなかった、って悔やんで悩んでる理沙の姿は、俺からしたら意外だよ」 翔は昔の理沙を知らない。理沙だって大事な友達は居るし、あの四人組は間違いなくそうだ。その中でも、幼馴染みの佳乃は特別だと言うだけのことなのだ。 「大事な友達なのよ……。あの子が居なかったら、いま私はモデルをやってないもの……」 モデルの道へ進むと決めた理由は、佳乃の言葉にあった。「理沙が華々しい場所で活躍するのを、私、楽しみに待ってるわ」と、理沙の目を見て言った佳乃の言葉が、理沙をこの世界へと導いた。それくらい、佳乃は理沙にとって大事な存在なのだ。彼女が居なかったらモデルもやっていないし、翔にも会わなかった。 「……理沙のそんな大事な友達に、俺も会ってみたいな。理沙と会うきっかけを作ってくれたことにお礼を言いたいし」 理沙は翔の言葉に少し考えた後、そうね、と呟いた。 「そうしたら、私がちゃんとやってるって、佳乃にも分かってもらえるかもしれないわね……。何時かそんな機会を作れたら良いけど……」 佳乃が選んでくれた道を、ちゃんと歩んでいると知らせたら、佳乃は昔のように笑ってはくれないだろうか。 「理沙が佳乃さんを心の拠り所にしてるのは良く分かるよ。でも、これからは俺を拠り所にして欲しいな。これからずっと理沙と一緒の時間を歩いていきたいし、そうなる為には、理沙は佳乃さんから卒業すべきだと思うんだ」 卒業……。佳乃と決別すると言うことだろうか。そんなことが、自分に出来るだろうか。 高校卒業の時に分かたれた道を思うと、佳乃はあの時理沙と決別するつもりだったのかもしれない。しかし、理沙の心に佳乃は在り続けた。大事な友達として。唯一の寄る辺として存在し続けたのだ。そんな大事な佳乃と決別なんて、出来ない。理沙が表情(かお)を曇らせると、翔は穏やかな声で理沙を諭した。 「なにも離縁しろって言ってるわけじゃないよ。ただ、佳乃さんだってずっと理沙の拠り所で居るわけにはいかないだろう? 佳乃さんにだって、幸せになる権利はある筈なんだから」 ……理沙が、佳乃のことを想うことが、佳乃の幸せには繋がらないということなんだろうか。確かに理沙は、佳乃に頼ってばかりだった。佳乃の為になったことなんてなかったし、そう言われると、佳乃は理沙から解放されて、理沙とは関係ない幸せを掴むべき様な気がする。理沙にモデルの道を勧めた時、佳乃は既にそう言う気持ちだったのだろうか。 「……そう、……ね……。……そうなのかも、……しれない……」 理沙の人生に、佳乃が居なくなる? 急に岐路に立たされた理沙の前に、底深い奈落が現れた……。
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