十六

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十六

 ショウが万世橋署の食堂で昼食を取っていると、テレビ画面の中に昼の料理番組に出演しているユキナの姿を見つけた。近くに座っていた生活安全課の若い連中の話し声が聞こえた。 「いいよな、美人過ぎる料理研究家。最近よく出てるよね。あんな美人で料理上手って、最強でしょ!」 「天然な感じがいいよ、変な言葉遣いも本当なんだか、役作りしてんだかわかんないけど、いいキャラしてる」  それを聞いたショウの隣に座っていたサヤカが、口を尖らせた。 「何それ、キャラ作ってるに決まってんじゃん。確かにちょっと美人だけど芸能人なんだし、それくらい普通じゃない? ねえ、タザキ先輩はどう思います?」  ショウは話を振られまいとして、目を背けていた。 「ねえ、先輩、聞いてます?」  渋々視線を一度テレビに向けた。 「あのキャラは天然だ」  サヤカがショウをジッと見つめる。 「先輩、何故わかるんですか?」 「わからんが、そんな気がするだけだ」 「ああ、びっくりした。断定するからショウ先輩、会ったことあるのかと思っちゃった。そんなわけないですよね」  ショウは、いや、と言いかけて止めた。これ以上話すと面倒なことになりそうだと思った。サヤカが話し続ける。 「あの、美人過ぎる○○って一体何なんでしょうね。だいたい美人過ぎるって、何か人をバカにしているというか、女性を侮辱している言い方だと思いません? 料理が上手なんだから、相場はブスだとか、そもそも美人の更に上って、一体どんな女なんですかね」  ショウが苦笑した。 「別にいいじゃん、そんなに目くじら立てなくったって」 「目くじらなんて立ててません!」  すると、そのやり取りを見ていた警ら課の仲間が割って入る。 「ああ、また夫婦喧嘩始まったの? タザキ刑事とホンダ警部補って本当に仲良いですよね」 「俺たちが? 仲良いって?」 「ええ、一部では噂ですよ。付き合ってんじゃないかって。まぁ半分冗談ですけど」 「参ったな、一緒に行動しないわけにはいかないし」 「あら、別にいいじゃないですか先輩。私、先輩のこと好きですし」  ショウが苦笑する。 「あのねぇ、警部補。ここは職場なんですよ、わかってます?」  今時の大学を出たばかりの若い子は、こんなに表現がストレートなんだろうか。男が草食系男子などと言われるように、気持ちを素直に伝えられないから、仕方なく女性の方がストレートな表現を使わざるを得ないということなのか。 「私、どストレート投げますからね、まわりくどい表現って苦手なんです。草食なんて大嫌い。やっぱティラノサウルス並みに肉食系じゃないと」 「俺が草食系だったらどうすんの?」 「そんなわけありません。私にはわかります!」 「凄い自信だね、警部補は失恋したこと無いの?」  サヤカはすっと立ち上がって、 「ありません!」  と言った。  その頃、ユキナは某テレビ局の楽屋で差し入れの「源氏パイ」を食べながら、新しく付いたマネージャーとおしゃべりをしていた。 「源氏パイ美味えな、本当、美味え」  マネージャーのサトウケイコが笑いながら話しかけた。 「ユキナさんって、本当に素なんですね?」 「ん? 素って? 何かヤバイかな?」 「いいえ、そのキャラクターが世間に受けているわけですから」 「でもアタシ、ちょっとこの業界入って後悔してんだよね」 「え? どうしてですか? こんなに人気なのに」 「初めはさ、街で知らない人に声かけられたりしてさ、それなりに楽しかったんだけど、毎日忙しくなってきたら、何か思っていたのと違うんだよね。最初は料理番組で飯作ってるだけだったのに、今はバラエティが多くて、ちょっと間違えばお笑い枠みたいな。この先ドラマにも出なきゃなんねえし、正直、自分の時間が取れねえっつうかさ」 「ユキナさん、売れっ子の証ですよ。業界には売れたくても全く声が掛からない人だっているんです。それを考えたら売れる時に自分を売らないと」 「ケイちゃんはしっかりしてんね。アタシより大人っぽい考えしてんじゃん」 「自由な時間が欲しいんですか?」  ユキナが頷いた。 「アタシ、まだファンにはバレてないけど、彼氏いんだよね。お互いに忙し過ぎて最近全く会ってないけど」  楽屋の鏡を見た。 「ユキナさんに恋人がいたなんてね、どなたかしら? やっぱり俳優さんかしら?」  首を横にブルブルと振った。 「何をされている方なの?」 「刑事だよ」 「え?」  サトウケイコが一瞬声を漏らした。 「タレントさんと刑事のカップルって本当にあるのね。何かの小説かドラマの主人公とヒロインがそうじゃなかったかしら?」 「ん? 知らねえけど、そうなのか? でも、アタシとショウはお互い映画学校の学生の時からの付き合いだかんな。まさかショウが刑事になるなんて思ってなかったし」  ユキナは父がショウに言ったであろう言葉を想像し顔が熱くなった。恥ずかしさと、ショウに対して申し訳ないという気持ちが混ざっていた。ショウは父に酷いことを言われたにも関わらず、それをおくびにも出さず接してくれた。 「ショウさんっていうんですね、彼氏さん」 「そうだよ。名前はタザキショウ。今は万世橋署の組対って部署で刑事やってる」 「組対って何ですか?」 「ああ、アタシも詳しく知らないんだけど、組織犯罪対策課、通称マル暴とか何とか言ってたな。そんでもって、ヤクザとか外国人犯罪だとか、危ない奴らを取り締まってんだとさ」 「へぇ、凄いんですね。もしかしてプロレスラーみたいな体型で髪もリーゼントだとか?」 「いやいやケイちゃんテレビの観過ぎだって、ショウは極々普通だよ、ちょっと背は高いけど」 「ユキナさんと付き合ってるくらいの方だから、きっと素敵な方なんでしょうね」 「まあね、ショウはアタシが学生時代からの憧れの人なんだ。私の一目惚れ。もう、この人しかいないって思ってる」 「素敵ですね、そういう男性に巡り合ったことないから」 「ケイちゃんにもきっと現れるよ、運命の人」 「だといいんですけどね、私、奥手だから」 「あのさぁ、ケイちゃん。もしもだよ、彼女の父親から娘に相談無しに交際を諦めてくれって頼まれたら、彼氏ってどう思うかな? やっぱ怒るよね」 「どうしたんですか急に」 「あ、いや、何でもない。聞かなかったことにしといて」  ケイコは源氏パイを持つ手をテーブルに置いた。 「怒るわけないじゃないですか。ショウさんは怒ってるんですか? だったらそんな彼氏いりません。私、ユキナさんのお父さんの気持ちもよくわかります。だって刑事って危険なお仕事でしょう? 当然心配しますよ。そのお父さんの気持ちがわからない彼氏なら見込み無しですね」 「ありがとね、ケイちゃん。アタシ、父さんに謝らなきゃ。ずっとアタシのこと心配してくれてたんだもんね」 「ショウさんは何て?」 「ん? あいつは何も言わなかった」 「一言もですか?」  ユキナが頷いた。 「でも、今思えばそれでよかったんだと思う。アタシ、自分で勝手にショウが怒ってるんじゃないかとか、アタシから離れて行っちゃうんじゃないかって、そればかり心配してた。でも、ショウのこと、もっと信じてあげられたら、ショウがアタシの傍にずっといてくれるって信じてなかったのはアタシの方で、ショウは父さんに言われたって、黙ってアタシを見守ってくれていたんだよね」 「心の底から、そのショウさんって人のこと好きなんですね、羨ましい」  ケイコが目を潤ませた。 ユキナが収録を終えて某テレビ局の通用口から外に出ると、熱心なファンが出迎えサインを求めてきた。ユキナはそれに応じ、足早にその場を去ろうとした時、ファンの中に懐かしい顔を見つけた。 「おっ! 何だ、アキラじゃねえか! 久しぶりだな」 「ユキナさん、僕のこと覚えていてくれたんですね!」 「おう、当たり前じゃねえか、売れてからのファンより、売れる前からのファンをアタシは大事にしてんだよ。ところで元気か?」 「はい、元気です。大学を卒業した後、今、都庁で働いてます」 「アキラ、凄いじゃないか公務員だなんて。頑張ったな!」  トミタアキラは、ユキナがまだ秋葉原の地下アイドルをやっていた頃の熱心なファンで、かつて一度だけデートしたことがある。アキラは自分の気持ちをストレートに伝えたが、ユキナにはショウがいたこともあり、思いは届かなかった。アキラはユキナへの思いを断ち切ろうと、残りの大学生活を勉強に明け暮れた。そして見事に東京都の職員として採用されていた。 「ユキナさんこそ凄い人気ですね。やっぱり僕の目に狂いは無かったです。今日はお会いできて本当によかったです」 「おう、アタシもだよ。これからも応援よろしくな!」  マネージャーと立ち去ろうとすると、アキラが、小さな包みを差し出した。 「これ、受け取ってください!」 「あんがとな、アタシ、次の収録があるから後で開けるからな」  マネージャーに小包を渡し、用意された車に乗り込んだ。  数日後、ユキナは携帯電話を手に唸っていた。事務所の担当マネージャーの机の上には、ダンボール箱に入ったファンレターが山積み、その横にトミタアキラからのプレゼントが置いてあった。小包の中には高価なネックレスが入っていた。そしてアキラの連絡先とラインIDが記された名刺が添えてあった。 「ケイちゃん、どうしよう」 「その気が無いなら連絡しない方がいいですよ。ファンの方って案外勘違いしやすい人も多いですから」 「でもさぁ、アキラは昔からの知り合いだし、そこら辺のファンとは違うんだよね。アタシの地下アイドル時代からのファンでさ、謂わば身内みたいなもんなんよ。それにあのネックレス結構高かったと思うんだよね、お礼のひとつくらい入れないと、こっちも気持ち悪いし」 「ならラインだけにすればどうですか? ラインなら別に変な意味もないし、無視したければブロックすればいいし。下手に携帯の番号なんか教えると面倒なことになるといけないから」 「そうだな、さすがケイちゃん。ラインでお礼言うわ」  ユキナはラインでメッセージを送った。 『プレゼント有難う。高かっただろ(笑)また応援ヨロシク!』  するとすぐに既読がついて返信が来た。 『ユキナさんからラインもらえると思ってなかったので、信じられないです。ライン友達になってもらえませんか?』 『おお、いいぞ。ただ、アタシ結構忙しいから、すぐには返信できないよ』 『それでもいいです。絶対にユキナさんの迷惑にならないようにしますから』  するとユキナはケイコに声をかけた。 「ねぇ、ケイちゃん、会話を上手く終わらせる方法ないかな?」 「ありますよ、グッジョブ! みたいなラインスタンプだけ送るとか、これから寝るからじゃあね! とか色々あるじゃないですか」 「そうだな既読無視よりいいよな。よし今度ショウにも送ったろ」 「でもユキナさん、余計なお世話かもしれませんけど、本当に大切な人とは、あまりラインのやりとりを増やさない方がいいですよ」 「ん? どうしてだ?」 「私の少ない経験からなんですけど、文字って相手の声色とか表情とか全く見えないじゃないですか。だから、ちょっとした言葉の受け取り方で、大きな誤解を生んだことが過去に何回もあって」 「ケイちゃんありがとう、気をつけるよ。そだね、やっぱショウとは会って話したいし、互いに忙しくて会えないからって、メールだけになるなんて、そんなの嫌。何かあったらショウには電話する」  ケイコが頷いた。  ショウと会えない日が続いた。ショウの仕事の都合というよりはむしろ、自分のスケジュールのせいだということはわかっていた。寂しさが少しずつ蓄積していた。ショウが自ら連絡を入れるような男ではないことはユキナが一番良く知っている。その点アキラは毎日マメに、それでいてしつこくない程度にラインをくれる。ユキナにはよい話し相手になっていた。しばらく既読無視をしても返信を催促してくることもなく、暇つぶしにはもってこいだった。しかしユキナの心の中には常にショウがいた。アキラの気持ちも理解している。ただのライン友達として、自分に連絡してくるとは思えなかった。ユキナはいつも自分の都合で、いつも同じラインスタンプを最期に送りつけることで会話の終了を一方的に告げる。アキラとの他愛もない話は楽しかったが、いつまた告白されるかもしれないと思うと、少々腰が引けて早めに会話を切り上げようとしてしまう。アキラには申し訳ないという気持ちがどこかにある。本当なら、その気持ちに応えられないなら、ラインなど始めなければよかった。ショウには直接電話で話した。勿論、アキラとのラインのことは話してある。 「ユッキーナ時代からのファンなんだろ?」 「ショウ、お前もっとこうアタシに何か言いてえこととか無えのかよ。俺以外の男とラインすんな、とかさ」  ショウが苦笑する。 「お前、束縛されるの嫌いだろう?」 「ま、まあな、そりゃそうだけどよ。たまには束縛されたいこともあるんだよ」 「そろそろ寝るからな、じゃあな」  あっさり通話を切られてしまった。 「何だよ、アイツ」  いつだったかマネージャーのケイコが行ってたっけ。適当に会話を切り上げたい時に使う『台詞』というやつ。
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