それは、また後の話。

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「ジジイの癖に無茶しないぃで下さい。あー身体が痛い…」 裏山の頂上で草むらに腰掛け、当て付ける様に腕を摩る祓魔師。 「なぁんです?怒りに任せて奥方を食べちゃうつもりでしたか。お邪魔ぁでしたかねぇぇ?」 「……クゥーン…」 もちろんそんなつもりはない。ある訳ない。 「まあいいですよ。久々に仕事しぃた気がしましたし、私にまぁだ信仰心が残っていた事も知れました。でぇ……どうするんです?」 きっと交雑共から接触があるだろうと、コイツは我の後をつけていたのだ。 つまり、尾行に気付かぬほど、我の嗅覚が鈍していたという事。 しかし今は効く。 鼻が効く。 鼻のつまりが一気にとれたような、爽快な気分になってしまった事。 全く、不愉快である。 「沢山アドレナリンが出たのでしょう。交感神経が優位になぁると鼻の通りが良くなりますから。ただそれだけですよ」 無言のまま、横目で祓魔師を睨み付けると、おどけたように両手を上げて首を振ってみせた。 「はいはいウソですとも。怒ったせいで幻惑が解けたんでぇす。私が奥方にそうさせた。貴方達が穏やかに暮らすにはそれしかないでしょう?何です?幸せだったでしょう?」 幸せ、幸せ……か。 幸せ、だったさ。 「貴方以外に生き残りがいた事は、最近まで知りませんでした。現在、退魔組合も保護か根絶かで揉めてぇます」 抜け殻になった我に、注がれたあの愛情。あの穏やかな生活は、途方もなく幸福な時間であった。 「さ、選びまぁしょう?取り計らってさしあげぇますよ。まあ組合としても、人狼が一箇所にまとまってぇくれてた方が、保護にしろ根絶にしろ楽なのでねぇ。でもどーでしょう?群れ、作ります?今更…」 狼、我の群れ、群れの長としての役割。立場。責任。 『リコンキスタリペトゥタ』で失った、全て。 ああ、目の前で切り裂かれた妻達よ。 ああ、抵抗も出来ず焼かれた子等よ。 ずっと、申し訳ない気持ちだったんだ。 我は、群れ長に相応しくなかったんだ。 「あ、因みに奥方は連れて行けませんよ?というかまだ翔べるんですぅ?あの体型で。村は山奥ぅでぇすよ?ヒヒ…」 ああ、真に安らぎを与えてくれた君よ。 我は先程、本当に、君を安心させるつもりだった筈だ。 「……クゥーン…」 コチラに残る、アチラに行く。 退魔組合につく、交雑共につく。 選べだと? 狼の矜持を知らぬ、愚者共が。 我の心は、既に決まっている。 あとは、腹を括るだけ。 意を決して、祓魔師に向く。 「……困っちゃったなぁ。こうなる予感はしていたんでぇすよ…」 やれやれと、言葉よりは嬉しそうに立ち上がる。 「粗野で愚昧な癖に、そうぅいうところぉには頭が回る。人狼はこれだぁから始末が悪いのでぇす」 するりとコートを脱ぐ。その下には、膨大な量の祓具、符。あと入れ歯。何よりコイツの象徴であるサムライソード『陽喰シ』。 「きっとお考えの通りですよ。貴方がアチラに行くとなれば、退魔組合の意見は一気に根絶方向に傾くでしょう」 ギラリと光る妖刀と、 「コチラに残るとしても、今度は穢らわしい交雑個体共が群れで貴方を攫いに来るでしょうね」 それよりも鋭く尖る眼光。 「もう貴方に安全などない。どちらにしろまた愉しい愉しい闘争の日々です。ならばどうする?貴方ならそうするだろうなぁ。ヒヒヒ、よろしいよろしい…」 それよりは光らない入れ歯。 「流石流石。YES or NOと訊かれ、orを取るその潔さ。満点解答。老いぼれワンちゃんを一匹、殺処分すれば戦争は起こらない。ヒッ、ヒヒッ」 発音も、バッチリのようだ。 「さあ、私の英雄譚を締め括る、最後の物語として『月喰ミ』の消滅を添えよう。ヒッヒヒ、お掃除だぁ…」 流石にコイツの手にかかるつもりはないが、私が犠牲になれば大事にはならない。 私の腹ひとつ、ならば何を迷う事があるのか。 大丈夫、大丈夫だとも。 痛いのは、きっと一瞬だから。 「ヒッヒヒ……さぁ、いくぞぉ」 『陽喰シ』を振り乱し、月夜に踊る祓魔師に向かって、 「…………ヒィ?」 私は掌を拡げ、静止する。 戦争?もちろん御免だ。 足りない給料を年金で賄うこの身。無闇に生産人口を減らす訳にいかない。 「去勢手術、保険キクカ?」 そんな些事より、我は怒っているのだ。 鼻を潰すなど、危険も甚だしい。 フェロモンなどなくとも、我はきちんと命令を聞ける。交雑などとは違うのだ。 狼である我の、群れ長への忠誠心を疑うなど、そんなのは我慢ならない。とても不安だ。 一刻も早く、我が君にお腹をみせて、ワシャワシャしてもらわねば。
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