それは、また後の話。

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「でぇ……生肉に興奮して半人半獣になったと?そのまま犬食いしてぇ?結局怒られたんですか、ヒッヒヒッ」 少し痙攣する口元を愉しそうに歪め、我の情けない話を嘲笑う。 「……クゥーン…」 「おいおいぃ、けったいな声をあげるんじゃぁありませんよ。『月喰ミ』の名が泣きますよ?」 我から奪った飛車の駒を手で弄びながら、何十年も昔の渾名で揶揄う元、祓魔師。 「元じゃありぃません。破門が解かれれば直ぐにでも現役復帰です。奥方のペットに成り下がった貴方と一緒にしないで頂きたぁい」 若かりし頃に幾度となく死闘を繰り広げた好敵手である。忠実なる神の便所紙として主に汚れ仕事を任されていたが、ある時教会内部に不審を抱き、我々魔族側と共闘した。 「神聖なる教えの場に、長年貯まり続けていたクソを丁寧に拭き取って便器に流して差し上げたんでぇす。結果的に教会が清潔になったのですかぁら、今にきっと破門が解かれ、私は英雄として返り咲くんですよぉ」 そう言い続けて30年も経つ。 きっと一緒に流されちゃったんだよ、とは流石に言わない。悪いから。 「しかし、かつて竜すら捕食した貴方が、よもやミンチ肉とは……時とは残酷なものですねぇ。はい、王手」 「……クゥーン…」 一応退魔組合には残留を許されたものの、教会への忖度故か、与えられた任務は『月喰ミ』の監視。やる気を失った我の近辺をうろつく事である。 英雄から窓際へ。もう何年も祓符すら使用していないだろう。大の歯医者嫌い故に奥歯も無い。ちゃんと祓術を発音できるのだろうか? 「ねぇ?いい加減にチェスを覚えぃましょうよ。教えて差し上げますから。将棋は味方が寝返るから美しくぅないと、言っているでしょう?」 既にお互い年金の受給が可能な年齢である。コイツは我の監視を盾に、年金よりは随分と払いが良い組合に未だしがみついている。 我はというと、老骨に鞭打ち今夜も元気に現場仕事である。肉体労働しか出来ぬ故、仕方のない事だがこの差は一体なんなのか。 「闘い以外なぁんにも出来なかった貴方にわざわざ職を斡旋して差し上げたのも我々でぇす。貴方は下請け以下。私より給与が良いはずがないぃでしょう。労働は美しい、汗水垂らして働きなさぁい」 偉そうな事をいう給料泥棒を睨み付け、我は間もなく負けるであろう将棋を放棄し席を立った。 「またぁ。そうやって詰みになるといつも逃げるのですからぁ。ヒッヒッ、ヒヒッ。ああ、そうそう…」 ふと、 「ここ最近、やたらと獣臭い魔力を感じるんですよ。お仲間ですか?って、そんな訳はないんですがぁねぇ…」 まあ、お気をつけて。 そう言って祓魔師は、またヒヒッと頬を引き攣らせた。
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