それは、また後の話。

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「アンタが『月喰ミ』だね?」 ただただ驚いている。 「ねぇー、アンタだろ?匂いで判る」 夕暮れ。夜の現場に急ぐ道に忽然と現れた獣。夕焼けに照らされ、白銀に煌めくその身体。 「ねぇー。セーシ、まだ出るかよ?」 狼。 狼だ。 我と同じ匂い。まさか、まさか、我以外に残っていたのか? 「なーんて、思ってたんだけど…」 細長い口で器用に喋るその美しい狼は、少しばかり落胆した様に、 「ジジイじゃん」 「クゥーン…」 我を小馬鹿にする。初対面なのに。 「参ったなぁ。結構期待してたのに……おい、ジーさん」 どうやら雌だが全く敬意を払わない。今時の狼に順位制はないのか?別の群れとはいえ、縄張りを侵したのはソチラだろう。礼を失している。 「アタシらの村に住め。そんでもってセーシをテーキョーしろ」 若い娘が先程からもう… 恥じらいのない雌である、毛並みは美しいのに。 「アタシらは4分の1だから、血を濃くしたいんだよ。わかる?」 分からん。 だが察するに、我の他に『リコンキスタリペトゥタ』を生き延びた人狼がいて、まさか、人間と交わったのだろう。 交雑個体か、かつて穢らわしいと忌み嫌われた者達が今では多数派であるようだ。 「蝶族と結婚してる変態に言われたくねぇわー。おいジジイ、アンタあのババアに騙されてんぞ。ずっと」 顔を顰めて、吐き下すようにそう言った雌。 「あの薄汚ぇ虫ケラ共はフェロモンを操るんだ。鼻のいい純潔様にはさぞ効くだろうな。ずっと幻惑され続けてんだよ。つまり家族じゃねえ、アンタはあのババアが身を守るための防犯ブザーだよ、分かんだろ?」 事もな気に、我が半生を貶めた。 とても残酷な物言い。だがしかし、それを否定する事が出来ない。 「危なくねぇように首輪つけられて、今じゃドッグフードが主食かい?みっともねぇ。ジジイ、なあ、村に来いよ。お祖父様もまだ生きてる。最後の純潔2匹、揃って最後まで狼らしく生きろ。家族……また欲しくねぇか?」 家族? 家族、だと? 「おっと、迷ったか?へへっ、そうだろうな。そういう執念はとっても家族だ。拘泥なんてすごく家族だ。自分の家族が欲しいよな?妖精とじゃ出来ないもんな。へへへっ」 ヒトと交わる事を、いかなる手段を用いても遺伝子を残す事を、考えなかった理由。 思いつきもしなかった、その理由。 「3日後のこの時間、ここに来たら連れてってやる」 あばよ、と、夕陽に躍動する獣。 ものの数秒で闇に溶け込んでしまい、もう気配すらない。 そもそも、目の前に現れるまで匂いを感じなかったのだ。 確かに嗅覚は、鈍していた。 君に対して、初めての感情が芽生えた。
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