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男に対し、近くを歩いていた人たちは腫れ物を触るような目で逃げていく。
いたたまれなくなったはやては聞こえないフリをした。彼が「おーい、坊。聞こえてるんか?」と、顔を近づけたりしても、完全無視を決めこんだ。
次の瞬間、はやての持つ地図に視線を落とす。首を斜めに捻り、今度ははやての肩に触れた。
「で? 坊はどこ行きたいんや?」
男はズイッとはやてへと顔を近づける。
初対面お構い無しの距離感を取られ、はやては引いた。男が何者であるのか、目的すら掴めない。そう簡単に尻尾を出すようには見えず、むしろ飄々とした態度が不気味さを誘った。
同時に、はやては薄ら寒さを覚える。
──随分と馴れ馴れしい人だ。どうせ道を尋ねてさようならする人なんだ。
「ひ、東本が……」
「──坊、視えとるやろ?」
男の声は低く、それでいて、はやてに嫌な汗を流させた。心の臓が鼓動を早めながら男を直視する。
男は顔の見えぬまま、カラカラとした笑いを飛ばしていた。
「……そんな事を言うあなたこそ、視えるんですよね?」
「当然!」
隠すつもりは全くないのだと、男は胸をはって肯定する。
あまりにも明け透けな態度と馴れ馴れしさに、はやては不信感を募らせていった。
この男が何者なのかもわからない今、迂闊なことは言えない。どこかに男の仲間がいて、はやての弱味を握るために潜んでいる可能性も考えられた。
周囲を警戒する。
途切れることのない車の行列、そして大勢の人々が歩いていた。観光マップ片手に歩く者もいれば、写真を撮り続ける者もいる。それ自体は観光地付近らしい光景ではあった。
「ああ、心配せんでもええよ。俺一人やさかい。たまたま歩いとったら、たまたま不審者みたいな格好の坊が目に留まっただけやからね」
たまたまという言葉だけを強める。
確かにはやての格好は今の時期だと少々厚着だ。秋と云えど、まだ夏の暑さが残っているからだ。けれど、寒がりといえば説明がつく格好である。
片や、男の方はどうだろうか。
着物はともかく、顔を覆う布。これは普通に考えて不審者でしかない。下手をすると警察案件だ。
「人の事を不審者扱いする前に、自分の格好を気にした方がいいですよ?」
容赦ない一言を放つ。
「なーんの事か、わからへんなあ」
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