怪しい名探偵 第1回 丸出為夫の推理

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 滝野幸彦は2階の寝室で、布団の上から料理用包丁で腹部を一突きされた状態で、事切れていた。  この包丁は普段、山口が調理をするために用いるもので、幸彦の自宅の台所に置いてあるものだという。幸彦の遺体には他に目立った外傷はない。近所でも大変な資産家として知られていたが、金銭や高価な物を盗まれている形跡も全くなかった。窓も全て内側から閉まっていて、完全な密室状態。ガラス窓を割られたりして、外部から侵入された形跡もなし。誰かの強い憎しみを砥石(といし)がわりに刃を()ぎ上げたかのように、ただ包丁で一突き。その凶器となった包丁から検出された指紋はほとんど山口のもので、山口が調理で使う以外には誰も使用しないはずのもの。ただしもう一人、別人の指紋も検出された。この指紋が誰のものであるのかは、今のところ明らかではない。  山口喜子は滝野幸彦殺害の前日、夕方6時ごろには滝野夫妻2人分の調理を終えて、直線距離にして百メートルほど離れた自宅に戻り、その後は翌朝まで自宅にいた。山口喜子の夫で無職の山口真俊(まさとし)(72歳)の証言もあり、立派なアリバイがある。  池袋北署は、重要参考人として滝野幸彦の妻・沙由里を署に出頭させた。当日の朝に自宅にいなかったこと、近所の住人の目撃証言、また自宅の表玄関の上に取り付けてある防犯カメラの映像、この3点から最も容疑が深いと目論んだからである。  山口によれば、夕食の支度を終えて帰宅した夕方6時ごろには、沙由里はまだ自宅にいたという。その後の夜10時過ぎ、沙由里が表玄関からではなく、自宅の裏道を経由して表玄関の目の前にある門を出て行く様子を、防犯カメラが撮影している。さらには沙由里が慌てた様子で自宅の門から出て行く姿を、愛犬の散歩をしていた近所の住人が目撃していた。その後、翌朝に山口の通報を受けて帰宅するまで、沙由里の目撃証言は今までのところ全くない。防犯カメラも翌朝に山口の姿を映すまで、敷地内で誰をも映していなかった。  沙由里は、あれから翌朝まで三軒茶屋にいる友達の家にいたと言うが、その「友達」というのが、ホストクラブ従業員の新井(あらい)(しょう)(32歳)という男であることが判明した。この新井との関係について沙由里は当初、あくまでも男友達である、と言い張り続けていた。  「あ、あの人は、あくまでもただの友達ですよ。ただ……実はゲイなんです」  それが嘘であることは、すぐに判明したが。実は沙由里の不倫相手だったのである。滝野幸彦と妻の沙由里との年齢差は40歳以上。無理のない話である。下手をすれば祖父と孫娘と思われても仕方がない。沙由里はそもそも幸彦の4番目の結婚相手であり、幸彦の女性好きは近所でも評判だった。幸彦の人柄そのものはとても親しみが持て、地域の発展にも貢献し、あの女狂いさえなければ完璧ともいえる聖人君子なのに、と残念がる声は多い。
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