怪しい名探偵 第1回 丸出為夫の推理

3/45

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
 池袋北署は滝野沙由里が間違いなく犯人であると確信し、沙由里をさらに問い詰め、証拠も次々と積み重ねていこうとしたが、沙由里が犯人だと確信すればするほど、まるで砂で城を築き上げていくように、次から次へとその可能性が崩れ始めた。まずはあの日の夜、慌てて家を飛び出したのは、  「だってあの人が『今すぐ会いたい、お前が欲しくてたまらない、今夜お前がいないと俺は死ぬ』なんて、大袈裟なことを言うから……」  不倫相手の新井も、実際に携帯電話で沙由里にそう連絡し、沙由里と一夜を共にしていることを証言している。さらには凶器に付着していた山口喜子とは別人の指紋。これも沙由里のものとは一致しなかった。沙由里は、その凶器となった包丁を一度も手にしたことがない。そもそも刃物を手にすることができない、と言う。これは山口も同じことを証言していた。  「私、子供のころ、カッターナイフの先から血が噴き出す夢を見たことがあるんですよ。だからそれ以来、刃物を手に取るのが怖くて……」  さらに追い打ちをかけたのが、滝野幸彦の司法解剖の結果である。署の方では、沙由里が自宅を飛び出した夜10時ごろが死亡推定時刻になるだろう、とみていた。だが司法解剖の結果によると、夜10時よりももう少し遅い時刻になるかもしれない、深夜0時過ぎから朝方の可能性もある、とのことである。ならば、夜10時ごろに刺されてから、かなり長い時間生きていたのではないか? その可能性もあっさり否定された。その出血量からして、刺されてから1時間もしないうちに息を引き取ったのは間違いない、とのことである。もちろん現代の最新科学を駆使しても、正確な死亡推定時刻を割り出すのは不可能ではある。夜10時ごろという可能性も全く排除されたわけではない。だが深夜0時過ぎから朝方近くにかけて犯行が行われた可能性もある。  署としては、何とか滝野沙由里を容疑者として逮捕したい、と力を尽くしたものの、これだけの悪材料がそろえば、もはや容疑者逮捕への自信を失いかけていた。このままでは逮捕は不可能。裁判所の方でも逮捕状の発付を渋るだろう。  というわけで、署は一旦、滝野沙由里を解放することにした。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加